「ねぇ、一ノ瀬さん」


「はぁい」


ため息交じりの声が出て、思わず口に手を当てる。


しまった。今すごく気の抜けた声が出た。
「一ノ瀬」って苗字で呼ぶから、
そうじゃなくて名前で呼んでほしいのにって思ったらこんな残念そうな声が……。


恥ずかしい。不快にさせてしまっただろうか。


ちらりと神崎さんを見上げると、
彼は不敵に笑んでいた。


「一ノ瀬さん」


「は、はいっ」


「どうしたの?一ノ瀬さん」


「な、なんでも、ありません」


「本当に?一ノ瀬さん」


苗字を呼ばれる度に、反応してしまう。
しゃっくりが出た時みたいに肩が上がる。
それを見た神崎さんは更に口角を上げた。


「どうしてほしいのか、俺にちゃんと言わないと、
 その通りにならないよ」


「えっ……」


「一ノ瀬さんは今、どうしてほしいの?」


顔が熱くなる。
喉が必要以上に渇いてしまって仕方がない。


自分を落ち着かせるようにコップの水を喉に流し込んだ。
それでも渇きは癒されない。
オムライスはまだ一口分残っていた。