神崎さんは私の手を引いて廊下に出た。
エレベーターに乗ると八階のボタンを押す。


8階は倉庫と使っていない休憩室があるだけの空き階だ。
そんなところで仕事があるのかしらと不思議に思っていると、
私たちは休憩室に入った。


パタンと扉を閉める音がした。


「あの、何のお仕事でしょうか?」


「ねぇ、葛城になにかされた?」


神崎さんの質問に、先ほどのキスを思い出して顔が火照る。


やだ、私ったら。
あんなの嬉しくもなんともないのに、
反応せざるを得ない自分がいる。


「セクハラまがいなこと、されたんじゃない?
 もしくは言い寄られたとか」


「ど、どうしてそう思うんですか?」


「あいつ、結婚しても女には目がないからね。
 手あたり次第食ってるって噂だし。
 だから一ノ瀬さんも困っているんじゃないかなって思ったんだ」


そんな……それだけだったらまだよかった。
まさか私の意志で不倫しているなんて思わないだろう。
そんなことがバレたら、この人も私を軽蔑する。
それは嫌だと思った。


「だ、大丈夫です。葛城さんには、何もされていませんよ。
 だってあの人は私の上司ですから。
 何もあるはずないじゃないですか」


愛想笑いで誤魔化す。
すると神崎さんは私をじっと見つめた。
そして私を指差す。
首を傾げると、神崎さんは言った。


「泣いた?目元が腫れてる」


「あっ、こ、これは……」


「どうしたの?」


「き、昨日観た映画が感動して……」


「そんなことが聞きたいんじゃない。
 どうしたの?って聞いてるんだけど」


うっ。この人は意外にも鋭いのかもしれない。
私の嘘を瞬時に見抜いてしまったようだ。


仕方なく私はため息をついて話すことにした。
勿論、名前は伏せて。