はいと、返事をしそうになった時、低い声が聞こえて、
咄嗟に葛城さんが離れた。
そのおかげでずるりと体が崩れる。


ぺたんと床に座り込んだ時、その声の主を確認した。


「あっ……か、んざきさん?」


すらりとした足が目の前にある。
顔を上げて姿を確認した。


この人は朝の……営業の神崎さんだ。
どうしてここに?
何か用事でもあったのかしら?
そう思う間もなく、神崎さんは私に笑いかけた。


「やあ、一ノ瀬さん。
 こんなところでどうしたの?葛城と二人?」


「あっ、そ、その……」


「なんだ、神崎か。彼女、具合悪そうにして
 ここに来るところを見かけたから、
 大丈夫かと思って声をかけてただけさ。
 一ノ瀬さん、本当に大丈夫?」


葛城さんは嘘を吐くのが上手い。
息をするように嘘を吐く。
その嘘に乗っていればまず間違うことはない。
そう思って頷いた。


神崎さんはふうん、と言うと、
しゃがみ込んで私と同じ目線になった。


「一ノ瀬さん、具合悪いの?大丈夫?」


「は、はい。ちょっとめまいがして。でも、大丈夫です」


「そう?ならちょうどよかった。君を探していたんだ」


「えっ?」


「昼休みだけど、ちょっと仕事を頼まれてくれないかな?
 一緒に来てくれる?」


「あっ、は、はい……」


よし、と神崎さんは笑うと、私に向けて手を差し伸べてきた。
その手を取ると、ふわりと体が起こされる。
もう力は普通に入るようになっていて、私はきちんと立つことが出来た。


神崎さんは葛城さんを見ると、肩に手を置いて微笑んだ。


「奥さんが探していたぞ。戻った方がいいんじゃないか?」


「あ、ああ」


葛城さんは私を一度ちらりと見やると、
そそくさと非常階段を出て行った。


あの視線は、絶対に言うなよという牽制だろう。


心配しないで、誰にも言わないわ。
だって、言ってしまったら私の身の破滅も待っているもの。


「本当に大丈夫?」


「え、ええ。はい。大丈夫です」


「ふうん。こっち、来てくれる?」