「どうしたの?」
「すみません。ちょっと近くてびっくりして……」
「ああ、悪いね」
ひょいと体を元に戻して神崎さんは笑う。
笑い事じゃない。
葛城さん以外の男の人と急接近することなんて今までなかったから、
私の中じゃ一大事だ。
この人にはパーソナルスペースというものがないのかしら。
「しかしあれだね、総務の資料棚は噂に聞いていたけどでかいね。
探せなくて迷ったよ」
「ですよね、すみません」
「どうして一ノ瀬さんが謝るの?」
「えっ?あっ、すみません」
どうして?と聞かれた口調が少し冷たいと感じてしまった私は、
また咄嗟に謝った。
すると神崎さんは私の口元に人差し指を突き立てた。
「すみませんは禁止。君は謝るのが癖になっているね。
そういうの、よくないな」
「あっ、す、す……」
油断するとすぐ「すみません」が出てきてしまう。
彼の指がそっと離れると、口元は熱を帯び始めた。
「じゃあ、俺は会議の準備を進めるから戻るね。
ありがとう、一ノ瀬さん。今日も一日頑張ろう」
「あっ……はい、ありがとうございます。会議頑張ってください」
「ん。じゃあね」
神崎さんは手をヒラヒラさせてブースを出て行った。
1人ぽつんと残される。
先ほど当てられた指の感触を探すように、口元に手を当てた。
そこはいまだに熱を帯びていて、心臓がバクバクと鳴っていた。