断崖絶壁にそびえる“悪魔の塔”は、荒波の海に面している。

 アンジェリ―ナは自室の窓辺に寄り、彼女の両手ほどの大きさの小窓から、海を眺めていた。太陽の光とは無縁のこの地域の海は、どろどろとした灰色をしていて、見るだけで心を不安にさせる。

「はあ……」

 アンジェリ―ナは、窓辺に肘をつき小さくため息を吐いた。

 エリーゼがこの塔を出て行ったあの日、ビクターとキスをしかけてから、アンジェリ―ナはおかしくなっていた。寝ても覚めても、何をしていても、頭の片隅にビクターの面影が浮かんでいるのだ。

 おかげで、何事にも集中できない。新しいネクラ趣味に取りかかろうという意欲もなかなか起こらない。

(もしや、これが恋煩い……?)

 前世のアンジェリ―ナは恋人も夫も作らないまま亡くなってしまったし、今世でも恋愛の経験はない。スチュアートという婚約者がいはしたが、あくまでも建前上であって、心は奪われていない。だから、初めての恋に困惑していた。

 アンジェリ―ナを苦しめているのは、初恋の甘い疼きだけではない。ビクターのアンジェリ―ナへの想いが偽りというところもまた、彼女を困惑させていた。