普段彼はほとんど笑わないので、アンジェリ―ナは笑顔を見るのは初めてだった。

「ありがとうございます。あなたの笑顔が見られて、俺は死んでもいいほど幸せです」

(いやいや、命の方が大事でしょうよ)

 心の中でツッコミつつも、アンジェリ―ナは不覚にも自分の心臓が鼓動を速めているのに気づいた。見たばかりのビクターの笑顔が頭にぼうっと浮かんでいて、少し息が苦しい。

(え、何……?)

「厨房まで、お運びしますよ」

 ビクターは袋を軽々と肩に担ぐと、部屋をあとにした。

 ひとり取り残されたアンジェリ―ナは、気が抜けたようにベッドに腰を落とす。

 胸のドキドキは、いつしか消えていた。

 ツンデレキャラが崩壊しているがゆえ、ゲームとは違ってデレが強すぎる彼の行動に、あろうことか翻弄されてしまったらしい。

(忘れちゃいけない。彼の想いは、所詮まやかしよ。私の目的は、ネクラ生活をまっとうすることだけ)

 アンジェリ―ナは心の中で、自分自身に強く言い聞かせる。

 そして大きく息を吸い込むと、何事にも動じない悪役令嬢の顔を取り戻したのだった。