「ただいま……」
俺はいつものように
誰にも気づかれないくらい
小さな声を出した。
そしていつものように
パタパタとスリッパの音が
近づいてきた。
「十環くん、お帰りなさい。
外は寒かったでしょ?
今日の夕飯は唐揚げよ」
俺の前で
母さんはニコニコ笑っている。
「今日も夕飯は、いりません。
シャワーを浴びたら
今日も出かけますので」
俺の冷え切った言葉を聞いても
笑顔を崩さない。
「わかりました。
今日もおにぎりを、持っていってね。
今から用意するから」
「ありがとうございます」
俺は微笑むことなく
うつむいたままお礼を言った。
そして母さんと
同じ空間にいたくなくて
俺は階段を駆け上がり
自分の部屋に逃げ込んだ。
さっきの母さんは
俺の本当の母親ではない。
俺が『父さん』と呼んでいる人とも
血なんてつながっていない。
一緒に暮らしているのは
俺の顔色を窺うように微笑む
育ての親。
なぜなら俺は
小1の時に
実の母親に捨てられたから。