「ちょっと!朱里が可愛いんだけど!!」

紗香が叫ぶ。


「いや、本当、ねーぇ」
さっちゃんもからかってくる。


紗香がため息をついて


「こんな朱里を疑うとか、バカみたい」
そう言った。


「私も勘違いしてバカみたい」


「ねぇ、朱里、好きな人が被っても、どっちかが振られても……朱里と気まずくなるのなんて嫌だからね!」


「私も!今度から、ちゃんと話す!」

そう言うと、紗香が嬉しそうに笑った。


「私が一番……」

さっちゃんの呆れ顔に


「さっちゃんすまーん!」

「すまーん!」

「私への謝罪が軽い!」


そう言って、笑い合った。



それにしても、スッキリした。

ホッとした。


「なんか食べよ」

「さんせーい」

「さんせーい」


そこから


「一応聞いて?」

紗香が、さっきの紙を取り出して、適当に説明するもんで

私達も適当に相づちを打った。


それから……


「B子がさぁ、結局、佐々木に告白するって言ってる。で、佐々木……多分OKすんじゃないかなーって私は思ってる。気多いし、佐々木」


「てことは……さぁ?」


「そ、B子系の気まずいのも解消されそう。ま、“昔紗香の事好きだったくせに!”みたいな痴話喧嘩のネタくらいにはなれるかも」


紗香の言い方に、二人で笑った。


「高校生の男なんて、単純、単純!」

紗香が自分で言ったセリフに固まった。




「……単純なのかな?告白されたら好きになったり……」


「紗香が告白したらいいじゃない」

ナイスアドバイザーのさっちゃん。



「そうだ!ふっちーからメッセージ来たんだ!連絡先誰か教えた?」


「……私…」

恐々と小さく挙手。


「ありがとう!一生連絡先聞けないとこだったから!」

「あ、うん」

感謝されて良かった。



「ふっちー、何て?」

「そっちの制服似合うなーとか、そんなん」


……何やってんだ、あの男。


「紗香は?」

「“ユニフォームの数字がいいね”って…」


……何やってんだ、この女。



「数字って何?」

「う、だって……これでも2時間悩んで返信したんだって……」


全く、何やってんだろう。




「朱里…工藤は?」

「あ、聞きたいことがあるって……」

「何だろうね」



……本当だ。

工藤くんがAくんじゃなかったとしたら
ますます……

“聞きたいこと”って何だろう。


紗香に関してでもない。

「工藤……モテてるよ」

「だろうね」

私より早く、さっちゃんがそう言った。


「モテる要素しかないよね、イケメンだし。朱里の事、既に“朱里ちゃん”って呼んでたよ。すごくない?」


……確かに。

でも、それは……私の名字を知らないからな気もする。
下の名前だけ、聞かれたから、伝えた。


「でも、好きな人いるんでしょ?」

「そう、あいつスッゴいオープンで……その……」

「いいよ、気にしないで。聞きたい」

言いづらそうな紗香にそう言った。



「私は知らない子なんだけど…同じ学年の他クラスにいるみたい。“はなちゃん”とか呼んでた」


工藤くんの好きな人が紗香じゃなくてホッとしたのもつかの間で

また、胸に黒い幕が下りたみたいだった。



「何か毎日の様に会いに行ってた……」


それに胸が痛い。


「彼女、ではないの?」

「ではないみたい」

「そんなに好きなら……入るスペースあるのかな」

ため息を吐くように、そう言った私に


「朱里は漸く知ってもらえたんだからさ!」
さっちゃんがそう言ってくれた。



「情報、回すから!それに、今度ふたりで会うんでしょ?」

紗香も励ましてくれた。



「そうだね。ここで完結させるんじゃダメだよね……本人に……」

「うん、本人に聞こう!私もそうするから」

紗香が明るくそう言った。




本人に、聞く。

それは、もう……“告白”というのだけれど


私も、紗香も、分かっていた。



もう、このままでは終われない事を。


むっちゃんのような終わらせ方もあるのだろうけれど


私はもう少し、彼と向かい合ってみたいと思った。



スマホのメッセージアプリを開き


何度目か分からないけれど……
工藤くんの後ろ姿のアイコンを見て


向かい合いたいと思った。




紗香に関しては、紗香の決心が先なのか

それともふっちーの決心が先なのか


どのみち誰かの気持ちの犠牲はあるのだけれど


気まずいながらも、二人並ぶ姿を想像して、こちらが照れ臭くなった。



…………あれ……


ふっちーが工藤くんから貰ったメッセージは何だったのだろう。



工藤くんがAくんじゃ無かった。


だとしたら?


3つに分けられた“恋愛系”の工藤くんからのメッセージは……


工藤くんのメッセージ、それから、私に“聞きたいこと”それは全く繋がらなくて不思議だけど


それも……本人に、聞く事にしよう。

紗香との気まずさが解消され

心はいくらばかりか軽かった。


『木曜、部活休みになったから会える?』

工藤くんからメッセージが来たのは、翌日の朝だった。



『会えるよ』


そう返信した。



『じゃあ、前に会った本屋の前で』

工藤くんからの返信に息が止まった。



“前に会った本屋”


早くなる鼓動に、胸を押さえる。


覚えているの?


ハンカチを渡して絆創膏を貼ったあの日の事を。


それとも……月バスを買った日?


あの日は気づいて無さそうだったけれど……


直ぐに返事も出来ず、机に置いたスマホをただ眺めてた。



どういうこと?

知ってて?

覚えてて?

思い出して?



一気に息も吐けずに、途切れ途切れの息が

苦しい。



「ウィッス」

ふっちーに声を掛けられ、横を向いた。



「え、どうした?朝飯抜き?」


2本入りのカロリーメイトを差し出したふっちーに断りを居れて


「ごめん、ふっちー、私、間違えてて……工藤くん、紗香のこと好きなわけじゃないんだって」


「はぁ?」


とりあえず誤解を解くのにそう言った。


「紗香がクラスメイトに告白されたって言ってたから、私……てっきり工藤くんの事だと勘違いしてて……」


私がそう言うと


ふっちーは私が断ったカロリーメイトを引っ込めて

深いため息をつくと


「マジか、うわぁ、疲れた。いや、疲れて損した!」


と言った後で


「いや、クラスメイトから告られたのかよ、モテんな、アイツ。いや、まぁ、可愛いしな」


「あ、うん」

嫌だね、確かに。うんうん。



「断ってんの、アイツ」

「うん、そうだよ」


うんうん、そこ気になるよね。

私の温い視線にふっちーがカッと赤くなった。



「んー、じゃあ、工藤のメッセージ、何だ、あれ?」


「何だろうね」


「聞いてみるか?」


「木曜に会うから……あ、でもふっちーのメッセージと私の要件は別だよね。私は私で……聞きたいこと聞いてくる」


「おー、頑張れ」

「ふっちーもね」



「おー……」

ぶっきらぼうにそう言ったふっちーは

ものすごいホッとした顔で


まるで、昨日の私みたいだなって思った。



工藤くんのメッセージのままの画面に目を落として



了解を意味するジェスチャーのスタンプを一つ送った。
重い。

野菜ジュースだけで朝食を済ませると

学校へと向かった。



朝から……いや、昨日から……みぞおち辺りが緊張で重たかった。


授業中もシャーペンを折ってしまいそうだった。



6限の英語コミュニケーションの授業は

ほぼ、コミュニケーションを取れず。

ただ、息を吸って、吐いてた。


簡単に言うと、緊張し過ぎて吐きそう。



この授業が終われば本屋さんへ……行く。



チャイムの音に、それに負けないくらい心臓が大きく鳴った。




「おう!工藤にヨロシクな!」

陽気にそう言うふっちーを睨む。


「あ、悪い。そっとしとくべきだったか?」

ぶんぶんと縦に首を振って


声を発する事なく教室を出た。




朝から用意していたドリンクは早々に無くなって、コンビニに寄って新たに調達した。


トイレに行きたくなったら困るから、水分は渇く口を潤す程度に含む。


それを数回繰り返すと、トイレに向かった。


顔を撫でて、抜けた睫毛などひっついてないか何度も確かめた。


色つきリップを塗って、髪をちょいちょいっと整えて、大して変わらないというのに前髪の分け目にこだわった。


本屋さんの前で待ってるべきか、中で待っておくべきか悩んで

中で待つことに決めた。



中で待つって決めたのに……

本屋さんの前で自転車を停めて、彼はそこにいた。



彼が待っているのは、私なのだから……
直ぐにそこに行くべきだって分かっているのに足が動かない。


目も彼の方に向けたっきり動かせずにいた。



快適よりも少し暑いくらいの風が通り抜ける。

手遊びしてる彼に…

今度は何て声を掛けていいのか、思考の鈍った頭ではすぐに思い付かなかった。



顔を上げた彼が、私に気付くと

ふっ、と顔を緩ませ

身体をあずけていた柵から離れた。



「ご、ごめんなさい」

「何が?」

「お待たせして」

「ああ、俺も今来たと……ぶっ」

「え?」

「ベタなやりとり!行こ、ちょっと話せるとこ」


工藤くんが自転車を押して歩き出した。



大きな公園のベンチの横に自転車を停めると


そこに二人で腰を下ろした。



「えっと……今日さ、待ち合わせた本屋で……会ったこと……ある、よね?」


静かなベンチで指を組んで、膝に肘を置いて…

顔だけこちらに向け

彼は私に、そう尋ねた。









「本屋としか、言ってないのに……あの本屋に来たってそう言うことだよね?」


「……うん」


私がそう返事をすると

何とも言えない表情で私を見ると、首の後ろで手を組んで、俯き、そのまま暫く動かなかった。



どうしていいか、分からず言葉を探す。


「えっと、ごめんなさい。私は……工藤くんは覚えてないかなって」


工藤くんはバッと起き上がり、身体ごと私の方へ向けた。



「探した!俺、めちゃめちゃ探したんだからな!」


「え?何で?」


「……いや、ハンカチ……あ!」

工藤くんはリュックから、あの時のハンカチを取り出した。




私の差し出した手のひらにはいつまで経ってもハンカチが乗らずに


「あの……」

返して貰おうとハンカチに手を伸ばすと、工藤くんがヒョイっと上に上げた。

長い手の先に持って行かれては届く訳もなく、立ち上がって取ろうとするも


また、ヒョイと上にあげられ




「……あの?」

「めちゃめちゃ探した」

「うん、さっき聞いた。ハンカチ返して?」

「何でセーラー服着てるの?」

「制服だからだよ」

「あの日、違う制服だった。てか、俺と同じK高の制服でタイも1年生のカラー。なのに、いない。探しても、探しても……」

「ホラーだね」

確かに、怖いかもしれない……

「いや、本当、何だったんだって……」

「1回会っただけで、よく顔を覚えてたね」

「同じ高校なら、会えるしいっかって思って…名前もクラスも聞かなかった。幽霊でも見たのかと……」

ぶっ、とつい吹き出してしまって
咳払いで誤魔化す。


「いや、笑い事じゃねぇ」

誤魔化せてなくて、結局笑ってしまった。


「ごめんね、探してくれてありがとう」

油断してる彼からの手からハンカチを抜き取った。



「洗ったけど、毎日触ってたから、結局汚いかも」

「え?」


油断してたから、私の手からもう一度ハンカチがすり抜けた。



「N高の体育館で見かけて、あれ?ってなったんだけど……まさかって思ってて…初日に転校とか?」


「実は……紗香と制服取り替えっこしてたの。その時にたまたま……あ、傷は治った?」


無意識に工藤くんの手を見ようと
手を伸ばしてしまい、慌てて引っ込める。


「ん、ここ。ほら、よーく見ると」

「あ、薄い線があるね。地味に、痛かったよね」


そう言って、顔を上げると……


距離の近さに慌てて目を瞑る。



「目、閉じるな!」

薄く線の入った手の甲で彼が私のおでこを小突いた。






「地味に痛かったけど……そんな事より……」

じっ、と見られて

そわそわと目を逸らした。



「同じ高校じゃないなら、あの時にそう言えよ」

「ごめんなさい」

「はは!何回謝んだよ!」

「ご、ごめ……」


あの日と同じように、彼は人懐っこい笑顔を向けた。


「でも、石橋の友達とはなぁ」

「そ、あれは“石橋”の制服。可愛いから着てみたかったんだよね」

「んー……それも、いいけどね」



それから暫く沈黙が続いた。

都会の濁った空気から離れ
ここは緑が多く、木陰になると、快適。



学校の賑やかさとは違う、しん、とした空間。



彼も言葉を探して、静かなのか

それとも私みたいに何を話していいか分からないのかな。




聞きたかった事って、これだよね?

じゃあ、ハンカチを返して貰ったら


帰ったら方が……いいのかな?



「聞きたいことが、あって……」

工藤くんが、そう言ったことで


「え?あの日の事……じゃなかったの?」

「それ以外にもあって……」

さっきより少し、空気が重たくなった気がする。



「あれから……渕上とはどうなった?」

………あれから?

「どれから……?」

「“アリ”って事は……朱里ちゃんは今、渕上の“彼女”って事?」


“アリ”という表現には聞き覚えがあって……




『「俺が好きだって言ったらどうする?」ってふっちーが言ってたよね。それに、朱里は“アリ”だって……』


『ふっちーと態度と、あの告白ぽいセリフ、あの場にいた皆が……ふっちーと朱里のこと誤解したと思う』



“あの場にいた皆”

には、工藤くんも含まれていたんだ。


“アリ”はふっちーの事ではなくて
長い付き合いなのに今さら告白することに対して

問題ないって意味で使った。


ふっちーと紗香の気持ちを勝手に話してはいけないだろうけれど……




「……彼女じゃない」

「断ったって事?」

「断ってないよ」




「意味、分かんねぇ」

「ふっちーが好きなのは、私じゃない」

「……え?」




「あの時、例え話をしてただけだよ。告白されたわけでもないんでもない」

「マジ!?」


プッシューと気の抜けた炭酸のように脱力した工藤くんの顔に

必死で説明した。


「だいたい、“告白”するなら練習の合間のお昼の、誰に聞かれるか分からないグラウンドでするわけないじゃない!そうだなぁ、ちゃんと、呼び出して、誰も居ない二人きりの静かなとこ、例えば……ここみたいな!場所………で………」


「ここ……みたいな…………?」



ここは……静かな、二人っきりの場所……


私が顔を上げると同時に

彼も顔をこちらに向ける。



その仕草はとてもゆっくりで……

静かに視線が重なった。




静か過ぎて、心臓の音が耳の奥で聞こえる。


工藤くんにも聞こえるんじゃないのかな。

震える手をきゅっ、と握って誤魔化した。





合ったままの目を、耐えきれずに逸らそうとするほんの少し前に


「朱里ちゃんは……さぁ、俺の事……」


「好き」


……!!

ああ!!

目を逸らそうとばかり考えてたら、口からつい……


工藤くんの目が見開かれ、意識的な瞬きが数回パチパチと繰り返された。


「……ごめん」
そう言われて

「あ!ううん、私も、ごめん」

膝の上に置いていたバッグで顔が隠れるようにに持ち直した。


何を言ってしまったのか、私。


「“俺の事……探した?”って聞こうと思って……」

あ、そっちか。

か、勘違い。恥ずかしぃー。


「うん、探し……」

「待って、さっきの。俺は結構すぐに調子に乗る、けど……」

結構すぐに調子に乗るんだ。
それも、初耳。



「さっきの……“好き”は分かってる。調子に乗ったらダメなやつだって。でもさ、どういう意味?そりゃ“嫌い”って言われるほどの関係でもないけど……調子に乗っ……」


少し焦ったように早口になった工藤くんが、全部言い終わらないうちに

私も言って……しまった。


「調子に乗っていいやつ。だと、思い……マス」


誰も居ない二人きりの静かなとこ。



だから、そう言ってしまった。



「ええ!?」


立ち上がった工藤くんに


「うん……ごめん」

「いや、何のごめん」


もう一度座ると、少し私に近づく。



「あちー……」

「あ、ねぇ、何か暑いね」


さっきまで…木陰だと涼しい……くらいだったのに


暑くなってきた。

「あ、拭いちゃった。ごめん……」

私のハンカチで汗を拭いて、彼が……困ったように笑った。


「いいよ、返して?」

「恥ずかしいだろ、それに……」

「何?」

「もう、探さなくても……いいから」



油断してる彼の手から、ハンカチを抜き取る。


それを工藤くんが、取り替えそうと……


私の手のひらにハンカチ。その上に工藤くんの手。



静かな静かな空間。


彼が反対の手で、ハンカチを抜き取った。

直接感じる熱に

微かな振動。


きゅっ、と握られた手に、震えが止まる。




「探さなくても……会える……よな?」


「うん」



息を止めちゃうくらいの距離で、彼は嬉しそうに笑った。


夕暮れの少しひんやりし始めた風が……

熱くなった顔に当たる。



「わっ、ごめん!」

パッと手を離し、両手を開いて手を上げた。


「え、うん」

「ずっと手握って、変態みたいだな」

「あはは!何、それー」



私が笑うと工藤くんも照れくさそうに、自分の鼻先を指で弾いた。



「探したよ、私も」

順番が変になったけれど、工藤くんのさっきの質問に答えた。


「ん、そっか。忘れられてなくて良かった」

「月バス、立ち読みしてたでしょ?その横に居たの、私だよ……」

「ええ!?マジで!?うちの制服ばっか探してたから……」

「月バス買っちゃった」

「……もしかして……あれ!?そうだよ、次行ったら売り切れてて……」





笑う私に、工藤くんも微笑んで


「……なんだよ」って、言った。





「日が長くなったね」

「だな、もう少し……いい?」

「うん、大丈夫」


“もう少し”どころか

まだ、一緒にいたかった。



「今日、渕上と付き合ってないって言ったら……言おうと思ってたんだけど」


「“付き合ってない”よ?」


「うん……だから……お友達からお願いします」


「えぇ!?もう、お友達じゃないの?これ……」

「だよな、そう思う。けど、考えて来た言葉がそれだって……待ってて、今考えるから」


私は工藤くんが“考えてる”間に

状況を整理する。



それこそ……………

顔から火が出るんだけど。


あれ?私は『好き』って言ってしまった。


工藤くんは?


「お互いの事、あんまり知らないし……まだ色々早いよね。好きって言っても、何がって思うだろ?……だから、これはどう?」


工藤くんが、こっちをしっかりと向いて



「お試しで付き合って……みるのはどう?これから知って行こうって……事で」




『お互いの事、あんまり知らないし……』
これは、確かにそうだ。



『まだ色々早いよね。好きって言っても、何がって思うだろ?』

これは……確かにそうだけど……
じゃあ、私の言った“好き”も何が?って

工藤くんは思っているのかな。


ああ、確かにそうだね。


工藤くんはどう思っているのかな、私の事。

同じ気持ちでいいんだよね?

ただ、ちゃんと話した事もなかったし……


だから、ゆっくり行こうって考えてくれて……るんだよね?



それでいいかな。

そう思って


「うん」

そう答えた。


なのに、提案した工藤くんが納得いかない顔。


直ぐに、自分の提案を覆して来た。


「やっぱ、さっきの無し!“お試し”とか、軽いし、簡単に振られそうでヤだな、俺」


「工藤くんが言ったんでしょ!?」

「だから、今、そういうこと言うのは早いかなって、思ったんだって!」

「私、もう言っちゃったじゃない!」


「………何て?」


「“好き”」



工藤くんが固まってる。



私もだんだん恥ずかしくなってきて、耳まで熱い。

慌てて俯いて……


「それ、そーゆーこと!?」

「自惚れて良いって言った!」


恥ずかしさに声も強くなってしまった。



「なんだよ……気にしない?」


「………しない」


「じゃあ、俺も、気にしない」





工藤くんは眼球だけをぐるりと動かして、まわりを確認した。



「俺も、好き」


静かな空間では、小さな声でもハッキリと聞こえた。



「付き合って、下さい」

「………はい」




「すっげぇ、恥ずかしい」

「うん、だね」


二人で意味なく立ち上がった。





「あ!」

「何!?」


工藤くんが両方の人差し指を私に向けて


「お試しじゃないからな!ちゃんとしたやつ!ちゃんとしたやつな!!」

大きな声。

「うん!」


その向けられた指に、笑った。

「あはは、ゲッツ!?」

「ちげー、フレミングの法則!」

「電、磁、力!」



「……あれ?サイン、コサイン……あれはなんだっけ?」

「三角関数だね」


「うぇ、俺…セレクション狙お」

「バスケで?」

「うん、実は本気で狙ってるF大。もし、セレクション落ちても、一般で入りたい。バスケ、続けたい」



……意外。

ちゃんと考えてるんだ。



「今度はおんなじ……気が早いか……」

「ん?」

「おんなじ学校、行きたいなって」

「F大?うわ、勉強がんばんなきゃ!……私も推薦入試狙うか……」

「はは!じゃあ、今のうちにいっぱいデートしとかないとな」


サラリとそう言った工藤くんから

今度は私がハンカチを取って


汗を拭いた。




ハンカチごと、私の手を包むと


「あと、ちょっとだけ、一緒にいよう」


こっちも向かずに、彼がそう言った。


見えてないだろうけど、私も小さく頷いた。


苦しいほどの、胸の鼓動も、緊張で滲む汗も



嬉しいものだった。


これから、お互いを知っていく。


“カレカノ”になって。