放課後、街へ繰り出す。
特に用事などない。
そんな時間が特別で
楽しくて仕方ない。
コンビニ
ファーストフード
本屋
たまにカフェ
街は色んな制服が交じる。
どこか知らないその制服は
妙にカッコ良く見えたりして。
こっちは女子のグループ
あっちは男子のグループ
意識をしながらすれ違う
品定めしてははしゃぐ。
たったそれだけのことで、1日中おしゃべりしてられた。
自分たちは着ることがない、そんな制服に憧れた。
あっちの世界は特別素敵に見えた。
制服マジック
同じ高校より2割り増しで…
カッコ良く見えた。
すれ違うだけの、“他校生”は。
「ねぇ、ふっちー、元気?」
何度このセリフを聞いただろうか。
小学校、中学校と同じ学校で同級生だった石橋紗香は制服のまま、今日も私の部屋にやって来た。
家が近所なのもあるけど、私と紗香は仲が良かった。
「そうしょっちゅう聞くなら、同じ高校行けば良かったんでしょ!?」
呆れるように私は紗香にそう言った。
このセリフだって、もう何回言っただろうか。
「だってさ、追いかけたと思われたら嫌だし」
紗香は中学の時からふっちーこと、渕上雅紀《まさき》に片思い継続中だ。
私達は中学まで、同じ学校に通っていた。
高校からは私と渕上くんはN高、紗香はK高だ。
紗香はなぜかふっちーの前になると
見事なまでのあまのじゃくに変身し、同じ高校を受験しなかった。
あの時、ふっちーが
『石橋も同じ高校受けるんだろ?』
なんて、聞いたもんで
『は!?何であんたと同じとこ受けるのよ、ち、違うから!』
何て事になって…
「ああ、約束しなくても会える日々よカムバーック」
そう言ってジメジメと湿っていた。
「まあ、いいじゃん。K高制服可愛いし!」
モスグリーンとグレーのチェックの可愛いプリーツのスカート、ブレザーにボウタイ。
紗香の制服は、どこかのアイドルグループが着てるような制服だ。
「そうかなぁ?N校のセーラー服の方が男子ウケいいよ、何かやらしーって」
「…え…」
確かに、グラビアアイドルが撮影用に着そうではある。
でもヤだな、それ。
「男子の頭ん中なんてそんなんだよ、きっと」
「へぇ、ふっちーもかな。聞いてみよ」
「ちょ、違う、ふっちーは違うから!」
「あはは!冗談だって、そこは考えたくないね。K校は男子も制服格好いい!」
男子は同じブレザーに同じチェックのパンツ。斜めストライプのネクタイには小さく校章が入ってる。
「え!?そうかなぁ。男女ほぼ一緒だしなぁ。それより、N校の学ラン!!絶対ボタン欲しい」
私達の高校は
男子は学ラン、女子はネイビーにワインレッドのラインの入ったセーラー服だ。
「発想が古い!てか、入学したとこだし!」
高校入学して少し馴染んだ…5月の事だった。
「ふっちーの学ラン見たい」
「ああ、写真撮ってこようか?」
「ちょっと、朱里がふっちーの事好きだと思われたらどうすんのよ!それどころか、朱里が私に頼まれて撮ったと思われたらどうしてくれるのよー。」
手っ取り早く気持ちが伝わっていいんじゃないの?
そう思ったけど、黙っていた。
そもそもが考え過ぎだ。
「生!生が見たいのよ、生ふっちーの学ランがぁ!」
紗香は正座したまま、ボスッとクッションに顔を埋めてそう言う。
ちょっとこの姿をふっちーに見せてやりたいものだ。
紗香は明るい性格で、すぐに誰とでも打ち解けるタイプの子だ。
顔も可愛いし、オシャレだし…
あまのじゃくさえなければ…とっくにふっちーの彼女になってたんじゃなちかなと、私は思っている。
「告っちゃえ」
ボソッと私がそう言うと
クッションに、埋まったままビクリとした。
「告っちゃえ」
今度はハッキリそう言うと、ガバッと顔を上げた。
「し、死ぬぅ……」
「じゃあ、誰かに先越されて、ふっちーに彼女が出来たらどーすんの?」
「な、泣くぅ……」
告った方がダメージがデカイじゃないか。
「誰かに取られるくらないなら…」
紗香がそう言うとヘアピンを手に取った。
「いや、それに殺傷能力ない。先は安全に丸くされてる」
紗香がふるふると笑い出した。
それにつられて私も笑う。
下らない時間。
お菓子食べて、しゃべって
テストやばーいなんて言いながらまたしゃべる。
一通り笑い転げた後に
「ふっちーの学ラン見に行くツアー!」
紗香がそう言って立ち上がった。
「ツアーって何だよ、一人で行きなさい」
「えぇ、ちょっとムリムリ、ついてきてよ。N校に忍び込むのに一人なんて」
……忍び…込む?
「え、登下校狙おうよ、学ランだよ?で、ごめん。学ラン脱いでるよ、5月だし。」
「……じゃあ、学ランじゃなくてもいい!もう、ふっちーが見たいのよぅー」
正直、他校に忍び込む勇気があるなら
告る勇気の方が…
「朱里、制服貸してえ!」
「良いけど、制服貸しちゃえば、私は校内に入れないよ?」
「……本当だ!どうしよう!?」
「だから、そんなまどろっこしい事しなくて…」
「さっちゃん!!」
紗香はそう言うと、スマホを取り出し、同じく同中からN高へと行った沙知代へ、助けを求めた。
どうやら、忍び込むのは決定らしい。
どんだけ見たいんだよ。
「告れよ、もう」
「……」
「聞こえないフリするなー」
「……顔見たら、もう好きじゃないと思うかもしんないし…」
「じゃ、顔見て好きだと思ったら告るのね?それなら、貸しますよ、このセーラー服!」
真っ赤になった紗香にそう言った。
全く、恋は意味不明だ。
「わざわざそんな事しなくてもさっさと呼び出して、さっさと告れよ」
さっちゃんと私は全くの同意見だった。
この日は、私とさっちゃんが呼び出されていた。
結局、放課後の部活動を覗くという事に落ち着いた。
それが一番…全員に取って差し障りがない。
「ふっちーに見つかったらどうしよう」
紗香の言葉に
「いやいや、見に行くんだろ?うちの制服まで着て。喋るくらいのことして来い!」
「さっちゃんの言うとおり!」
だいたい、何でわざわざ他校の紗香がうちの高校の制服来て忍びこんでるのか
ふっちーも絶対に疑問に思う。
そこをふっちーがつっこんでくれたら……
ダメか。どうせあまのじゃくを発揮する。
どのみち、紗香は“そこどうするんだろ?”って部分まで全く頭がまわっていない。
恋って……
滑稽だな。
ふっちーを見たいだけなら、他にも方法は…
いいか、もう。
私は諦めて
さっちゃんも諦めて
二人で顔を見合わせて肩をすくめた。
「紗香くらい可愛かったら、思い通りになるわけでもないんだな」
さっちゃんがそう言った。
「なんせ、自爆が酷い。それで今この状況」
「あー…なるほど。うーん…ふっちーモテモテだしなぁ」
さっちゃんの言葉に、紗香は半泣きで
「そらそうでしょ!格好いいんだもん!優しいし!首に格好いいホクロあるし!」
「…ホクロって格好いいとかあんの?」
さっちゃんが呆れるようにそう言った。
佐々木沙知代は中学時代、バスケットボール部のキャプテンだった、背の高いサバサバ女子だ。
こうやって下らない事に、下らないと思いながらも付き合ってくれる面倒見の良い姉御肌だ。
名字の半分が“さ”なのでさっちゃんと呼ばれている。
と、思っていたら
「単純に沙知代だから、“さっちゃん”でしょ」
と、紗香が言った。
「どっちでもいーわ」
と、さっちゃんが言った。
何はともあれ、決行することになった。
ふっちーを見に行くツアーとやらが。
「いつも誰かしらギャラリーがいるからそんなに目立たないと思うけど…」
結局、誰も疑って無いというのに
女バスの入部希望の見学に来ているさっちゃんに付き添った体
という設定で行くことになった。
「まぁバスケ部入部悩んでるのは事実で…出遅れたから、有難いけどね」
さっちゃんが了承した。
さて、私は
「朱里は門のとこで待ってて!」
「え、嫌だよ。私、制服じゃないし目立つでしょ」
「あ、制服かえっこしよう!」
紗香の、言葉を一蹴した。
「あのねぇ、K校の制服で校門にいる方が目立つ!」
「……確かに。」
「あ、でも折角だしK校の制服は着てみたい…」
「OK、じゃあ折角だし、街をうろうろしといて!」
そうしてその日がやって来ることになった。
「朱里ちゃん、ハンカチとティッシュは持ったの?」
一緒に、住んでる祖母は私が物事ついた時から出かける時は必ず言う。
「あのねぇ、おばあちゃん、私もう小学生じゃないんだか……あ…ハンカチない」
それ見たことかと言わんばかりの祖母の顔。
「大人になったものねぇ」
笑ってそう言われて、ハンカチを差し出された。
「……ありがとう」
年配ブランドの祖母ハンカチをポケットに入れた。
5月の陽気に…
今日は学ラン見れないなぁと
紗香を思った。
交換した制服姿で、街で別れた。
後は、帰りに報告を聞くだけ。
学校に着くと、額にじんわりと汗が滲んで祖母のハンカチに感謝する。
「何それ、ばーちゃんの?」
そう声をかけてきたのは……噂のふっちーだ。
「そうでーす」
ふっちーは私がこうして祖母のハンカチをしょっちゅう借りる事を知ってる。
「ねぇ、今日部活あるよね?」
「ああ、あるぞ」
「ふーん…」
「何だよ、それ」
「毎日熱心だなぁって…」
「まぁ、ね。スタメンだし、俺」
「嘘!?早くない!?」
「実力!」
そう言って笑った。
確かになぁ…同中だって言うと
“いいなぁ”って言われるくらい…ふっちーのファンは多い。
「お前はやらねぇの?」
「バスケはやるより見る方が好き」
「へぇ、じゃあ見に来いよ。今度3校合同の練習がある。多分ゲームもやるだろうし」
………紗香が喜ぶ情報…ゲットだぜ!
あ、また、制服の貸し出ししなきゃならないのかな?
放課後、紗香とさっちゃんと、待ち合わせして
二人とは別れた。
憧れの、チェックのプリーツ。
可愛い…
一人だと言うのに顔が緩んだ。
まだ5月だし、顔を覚えていない子がいても不思議じゃないんだけど…
K校の制服とすれ違う時は、思わず顔を隠した。
窓ガラスに、うつる姿…
似合ってるかな?
ちょっと可愛く見えなくも…ない。
ボウタイをちょっと撫でて…整えた。
立ち寄った本屋さんでバスケのルールブックなど見てみる。
……絶対に紗香に付き合わされるだろうと。
どうせなら、しっかり楽しみたい。
私はスポーツ観戦が好きだった。
そとの駐輪スペースに小さな子供を乗せた自転車。
ロック解除に母親がその場から離れた。
…危なくない?あれ…
そこから目が離せなくなった。
案の定、男の子は立ち上がり
その振動で自転車は……
危ない!
母親も、気づいて駆け寄ったが間に合わず
思わず目を瞑った。
何も音がしない。
……そっと目を開ける
自転車は斜めになったものの、誰かの手によって寸での所で止められていた。
「すいません!ありがとうございます!」
「…いえ」
「あ、手、血が、絆創膏…」
「大丈夫です。手を離すと危ないですから、びっくりしたな」
男の子に、そう言うと
何度も頭を下げて親子は去っていった。
それから、その人は、その血が出たのだろう場所に目を移した。
「地味に痛い」
ボソッとそう言ったのに吹き出した。
親子の前では強がったのか……
「私、バンソーコ持ってるよ」
無意識にそう言ってしまって
彼が振り向いて気づく。
同じ年くらいの……
今、私が着ているのと同じ制服の男の子…
…しまった…
その子は私の姿を上から下まで確認して
“同じ高校”だと認識したらしく
「ああ、でも手の甲だし、ゲンコツのとこ。汗かいてるし、くっつかないじゃねぇ?」
普通にそう返してくれた。
「ハンカチで拭いたらどうかな」
「持ってねぇわ、そんなもん」
「あ、じゃあ…」
そう言ってハンカチを出した。
それから、スマホケースから絆創膏を取り出して彼の手の血の滲んだ所に貼った。
「すぐ取れるかなぁ?」
「すぐに治る、サンキュー。ハンカチ洗って返す」
「え!いいよ!」
「汗拭いたやつ、恥ずかしいだろ」
「いや、私も既に拭いたの!」
それに…祖母の…なんていうか…
可愛くない奴だ。
こんな日に限って。
せめて女子高生らしいキャラクターとか
マイケル・コースの可愛いやつがあったのに!
「最後に使ったの、俺だし」
有無を言わさず、彼は私のハンカチを自分のポケットにし舞い込んだ。
「ま、同じ学校だし、よろしく!明後日にでも返す!」
そう言って人懐っこく笑うと
彼は自転車に乗ると…街へと消えて行った。
彼の姿が消えると
次第に…………
息が苦しくなって、今頃緊張してきた。
格好良かった。
今の人!
格好良かった!!
親子助けて、親切だし。
ハンカチ洗ってくるとか律儀だし。
………
名札、いや、名札…とかついてなかったな。
今のご時世だし名札は表だってつけない人が多い。
同じ高校!
じゃない。
ハンカチ……
どうしよう。
そんなことより………
また会いたい。
えっと……どうしよう。
誰にも会わずに静かにK高の制服を楽しむ予定が……
名乗る事も出来ずに…
知っているのは“K高”ってことだけ。
さっきの彼の笑顔が顔をほてらせた。
「どうしよう……」
何度もそう言った。
ーーーーーー
「ヤバい」
制服を元に戻して紗香がファーストフード店ででさっちゃんにセットを奢り、自分はドリンクだけを頼むとそう言った。
私もドリンクだけ奢って貰った。
なぜなら胸がいっぱいで。
とすれば、紗香も胸がいっぱいなのだろう。
「格好良すぎた」
紗香の言葉に、さっきの彼の顔が浮かび、私は首を振った。
ダメダメ、思い出したら。
「絶対に“渕上先輩、格好いい!”とか言われてさ、後輩にカップケーキとか差し入れされるよ、ふっちー!」
「落ち着きなよ、紗香。私達1年生だし、後輩はいないよ」
さっちゃんの言葉に
「来年の心配してるの!カップケーキを持った若い女に叶うわけないじゃない!」
「いやいや、紗香…」
「差し入れは、料理部もしくは家庭科で作ったマフィンかカップケーキ、クッキーって相場は決まってる!」
「いや、実際スポーツする男にそんなもん渡してもパサパサなるわ」
「試合後に、食べるよの!バスケで消費した分高カロリー!」
「ふっちー、そんな年下好きでも…」
「ああ、そうだ、絶対にセクシーな先輩が登場するって相場は決まってる!ああ、年下か年上に生まれていればなぁ」