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強烈だった怒濤の初日を終えるとその後は変わりなく日々が過ぎて行く。
早朝の屋敷まわりの掃除から始まり、朝食の支度の手伝い、洗濯、屋敷内の掃除…その傍らで、圭介さんのお手伝い。
そして、瑞稀様のお着替えも私が担当になった。
「…ま、ネクタイ結べた方がそりゃいいよね」と薮さんは笑っていた。
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「う~…寒い。」
朝の掃除を終わらせて、急ぎ足で倉庫から戻る途中、上着の袖から出した両手の指先にはあっと息をふきかけたらふわりと白く形作る。
12月初め早朝。
だいぶ冷え込んで来たな…と、透き通る様な青空を見ていたら、突然、斜め後ろにグイッと引っ張られて少しよろけた。
「きゃあっ!」
「っと…。」
そのまま引っ張った相手へと倒れ込む。
「み、み、み…」
「…ミミズ?」
顔を上げた先には瑞稀様の面白そうに笑う顔。
「も、も、申し訳ございません!」
「…謝ったら罰ゲームって言わなかったけ?」
「えっ?!あ、いや、この場合は…。」
どう考えても『申し訳ございません』じゃないかなと思うんだけど。
首を傾げて不満そうにしてる私にまた瑞稀様はクスリと笑う。
「あ、じゃあ…今日の夕飯、久々に屋敷で食べれるらしいから、咲月が給仕して?」
きゅ、給仕?!
執事がご主人様の傍らに立ってお料理をとりわけるあの…給仕を。メイドが。
その前に…私今、呼び捨てされた?いつの間に、名前で呼ばれてたんだろうか。
いつも「ねえ」とか「ちょっと」とかだから…気が付かなかった。
まあ、ご主人様がメイドを何て呼ぼうと自由だけど。
でも、給仕はな…薮さんのお仕事だし。
「あの…。」
「いや~楽しみ!咲月が給仕すんの。」
有無を言わせない瑞稀様の切り返し。
「…薮さんに後ほどやり方をみっちり仕込んで貰っておきます。」
為す術もなく、項垂れた私を瑞稀様はハハッと笑い
「うん、そうして?」
私の頭をポンポンと撫でた。
「…ねえ、ところでさ、何で上からジャージみたいの着てんの?」
「朝は冷えますので…」
頭に掌を乗ったまま、至近距離で小首を傾げてジッと見てる瑞稀様に私も何となくつられて首を傾げた。
「あ、あの…いけませんでしたか?」
「いや?いけないとかじゃなくてね?折角の可愛いメイドの格好が見られなくて残念だったって話。」
か、可愛い?!
メイドの姿が?!
み、瑞稀様、その様に思ってくださっていた…の?
「まあ、そっか、この寒空の下、メイド服一枚は厳しいよね…。」
いや、もう汗をかくほど暑いです、今。
褒められたのか何なのか、良くわからない状況から逃げ出したくて、話を反らそうと努力する。
「あの、瑞稀様は…その。お散歩でいらっしゃいますか?」
火照った頬を冷たい風に晒す様に少しだけ首に巻いてるマフラーを下げた。
「あ~…うん、まあね。」
部屋着の上から厚手のダウンを羽織っただけの簡易的な瑞稀様の格好。
…ベッドから出てすぐに来たのかな?
首を再び少し傾げたら、眉を下げて苦笑いしてる瑞稀様
「俺、明日からニューヨークでさ。暫く屋敷に戻らないんだよ。」
「あ…はい。お仕事で行かれると薮さんから聞きいております。」
「…ふうん。」
ただの普通のやり取り。そう思うんだけれど、何となく瑞稀様の表情は不満気で。
きっと…私と会話をされてもつまらないのかもしれない…よね。
けれど、散歩の途中で私が居たから声をかけてくださった。
お優しい方…だな。
「す、すみません…あの…。」
「あ、また謝った!」
…だって。
貴重なお休みの時間をこうして私に割いてくださって。しかも、私が饒舌ならまだしも、会話の相手としてはお役に立てない有様で。申し訳なく思うのは当たり前だと思うんだけどな…。
「また何か罰ゲーム考えなきゃだね」と面白そうに笑うとまたポンと掌を頭に乗っけられた。
「今日はまだ涼太に会ってないの?」
「…?はい。」
「そっか。花、ついてないからさ、頭に。」
両ポケットに手を突っ込んで寒そうに背中を丸めてずずっと少し鼻をすする瑞稀様の鼻の頭が少し赤くなっている。
そのせいだろうか。
どこか、寂しそうな表情に見えた瑞稀様の微笑み。
「あの…ここは寒いですから、中へお入りになった方が。」
「咲月は?まだ入んないの?」
「私も洗濯場へ寄ってからもう中へ入ります。後ほど着替えのお手伝いでお伺いしますので。」
無意識に巻いていた自分のマフラーを瑞稀様の首にかけていた。
「お風邪をひかれては大変ですよ?」
正面に立って巻いてあげたら、その目が見開き、琥珀色の瞳が私をより濃く映す。
「…瑞稀様?」
呼びかけにハッとなった瑞稀様の息が白い彩りに変化して少しだけ視界を霞ませた。
口角をキュッとあげて、改めて作ったその笑顔が儚い気がして
「…ありがとう。暖かいよ。」
「また後でね」そう言って屋敷へと向かう姿に少しだけ心配を覚えた。
最初に持っていた『冷たい人』と言う印象は、時が経つにつれて少し変化をして。今はその表情が何となくいつもどこかに寂しさを纏っている気がしてならない。
だけど、今、笑っていたし…お元気はお元気なのかな…。
きっと私なんかには計り知れないご苦労があるんだろうな瑞稀様には。
立ち去った瑞稀様の背中が見えなくなるまで見送ると、一つ大きく息を履いて私も息を白く色づかせる。
…とにかく、後で、給仕、習いに行かなきゃ。
朝の仕事に戻るべく、洗濯場へと向かった。
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強烈だった怒濤の初日を終えるとその後は変わりなく日々が過ぎて行く。
早朝の屋敷まわりの掃除から始まり、朝食の支度の手伝い、洗濯、屋敷内の掃除…その傍らで、圭介さんのお手伝い。
そして、瑞稀様のお着替えも私が担当になった。
「…ま、ネクタイ結べた方がそりゃいいよね」と薮さんは笑っていた。
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「う~…寒い。」
朝の掃除を終わらせて、急ぎ足で倉庫から戻る途中、上着の袖から出した両手の指先にはあっと息をふきかけたらふわりと白く形作る。
12月初め早朝。
だいぶ冷え込んで来たな…と、透き通る様な青空を見ていたら、突然、斜め後ろにグイッと引っ張られて少しよろけた。
「きゃあっ!」
「っと…。」
そのまま引っ張った相手へと倒れ込む。
「み、み、み…」
「…ミミズ?」
顔を上げた先には瑞稀様の面白そうに笑う顔。
「も、も、申し訳ございません!」
「…謝ったら罰ゲームって言わなかったけ?」
「えっ?!あ、いや、この場合は…。」
どう考えても『申し訳ございません』じゃないかなと思うんだけど。
首を傾げて不満そうにしてる私にまた瑞稀様はクスリと笑う。
「あ、じゃあ…今日の夕飯、久々に屋敷で食べれるらしいから、咲月が給仕して?」
きゅ、給仕?!
執事がご主人様の傍らに立ってお料理をとりわけるあの…給仕を。メイドが。
その前に…私今、呼び捨てされた?いつの間に、名前で呼ばれてたんだろうか。
いつも「ねえ」とか「ちょっと」とかだから…気が付かなかった。
まあ、ご主人様がメイドを何て呼ぼうと自由だけど。
でも、給仕はな…薮さんのお仕事だし。
「あの…。」
「いや~楽しみ!咲月が給仕すんの。」
有無を言わせない瑞稀様の切り返し。
「…薮さんに後ほどやり方をみっちり仕込んで貰っておきます。」
為す術もなく、項垂れた私を瑞稀様はハハッと笑い
「うん、そうして?」
私の頭をポンポンと撫でた。
「…ねえ、ところでさ、何で上からジャージみたいの着てんの?」
「朝は冷えますので…」
頭に掌を乗ったまま、至近距離で小首を傾げてジッと見てる瑞稀様に私も何となくつられて首を傾げた。
「あ、あの…いけませんでしたか?」
「いや?いけないとかじゃなくてね?折角の可愛いメイドの格好が見られなくて残念だったって話。」
か、可愛い?!
メイドの姿が?!
み、瑞稀様、その様に思ってくださっていた…の?
「まあ、そっか、この寒空の下、メイド服一枚は厳しいよね…。」
いや、もう汗をかくほど暑いです、今。
褒められたのか何なのか、良くわからない状況から逃げ出したくて、話を反らそうと努力する。
「あの、瑞稀様は…その。お散歩でいらっしゃいますか?」
火照った頬を冷たい風に晒す様に少しだけ首に巻いてるマフラーを下げた。
「あ~…うん、まあね。」
部屋着の上から厚手のダウンを羽織っただけの簡易的な瑞稀様の格好。
…ベッドから出てすぐに来たのかな?
首を再び少し傾げたら、眉を下げて苦笑いしてる瑞稀様
「俺、明日からニューヨークでさ。暫く屋敷に戻らないんだよ。」
「あ…はい。お仕事で行かれると薮さんから聞きいております。」
「…ふうん。」
ただの普通のやり取り。そう思うんだけれど、何となく瑞稀様の表情は不満気で。
きっと…私と会話をされてもつまらないのかもしれない…よね。
けれど、散歩の途中で私が居たから声をかけてくださった。
お優しい方…だな。
「す、すみません…あの…。」
「あ、また謝った!」
…だって。
貴重なお休みの時間をこうして私に割いてくださって。しかも、私が饒舌ならまだしも、会話の相手としてはお役に立てない有様で。申し訳なく思うのは当たり前だと思うんだけどな…。
「また何か罰ゲーム考えなきゃだね」と面白そうに笑うとまたポンと掌を頭に乗っけられた。
「今日はまだ涼太に会ってないの?」
「…?はい。」
「そっか。花、ついてないからさ、頭に。」
両ポケットに手を突っ込んで寒そうに背中を丸めてずずっと少し鼻をすする瑞稀様の鼻の頭が少し赤くなっている。
そのせいだろうか。
どこか、寂しそうな表情に見えた瑞稀様の微笑み。
「あの…ここは寒いですから、中へお入りになった方が。」
「咲月は?まだ入んないの?」
「私も洗濯場へ寄ってからもう中へ入ります。後ほど着替えのお手伝いでお伺いしますので。」
無意識に巻いていた自分のマフラーを瑞稀様の首にかけていた。
「お風邪をひかれては大変ですよ?」
正面に立って巻いてあげたら、その目が見開き、琥珀色の瞳が私をより濃く映す。
「…瑞稀様?」
呼びかけにハッとなった瑞稀様の息が白い彩りに変化して少しだけ視界を霞ませた。
口角をキュッとあげて、改めて作ったその笑顔が儚い気がして
「…ありがとう。暖かいよ。」
「また後でね」そう言って屋敷へと向かう姿に少しだけ心配を覚えた。
最初に持っていた『冷たい人』と言う印象は、時が経つにつれて少し変化をして。今はその表情が何となくいつもどこかに寂しさを纏っている気がしてならない。
だけど、今、笑っていたし…お元気はお元気なのかな…。
きっと私なんかには計り知れないご苦労があるんだろうな瑞稀様には。
立ち去った瑞稀様の背中が見えなくなるまで見送ると、一つ大きく息を履いて私も息を白く色づかせる。
…とにかく、後で、給仕、習いに行かなきゃ。
朝の仕事に戻るべく、洗濯場へと向かった。
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