一瞬


全ての時が止まった気がした。



目を見開いてる坂本さんと私の目線はぶつかったまま。


ど、どうしよう…。


時間にしたらどの位かわからないけれど、お互いにしばらく固まったまま動けない状態で、見つめ合う。


先に身体が動いたのは坂本さんだった。


「…失礼致しました。」


静かにそう言うと、丁寧にドアが閉じられる。


「ふうん…さすがは坂本さん。」


顔面蒼白になっている私を腕に閉じ込めたまま、瑞稀様が閉じられたドアに向かって絶賛の声を送る。



さすが…うん、さすがだけど…さ。
これ、マズいよね、絶対。


「…いずれはバレる事でしょ?」


背中で下着のホックが付けられる感触の後、少しまくれ上がっていた服が丁寧に直された。


「それとも、咲月はずっと秘密にしておきたかったの?俺との関係。」
「そ、そう言うわけでは…。」


私の身なりを整えた後、頭をポンポンとしてくれる優しい掌に、パニックになりかけていた頭の中がクリアになっていく。


この家に一緒に暮らしてるのだから。
いずれは分かってしまう事なのは確か。
けれど、こんな風に分かってしまうのは、どうなんだろうと思う。


「良い機会だし、もっかい来て貰って話す?」


そう言ってくれた瑞稀様から離れ、ベッドから降りる。床に落ちてしまっていたネクタイを拾い上げた。


「…いえ。瑞稀様はお風呂にお入りになって下さい。明日もお出かけになる時間が早いと伺っておりますので。」

「だけど…」


瑞稀様が、心配の色を濃くして、少し眉間に皺を寄せる。

…確かに、ここに来て貰って瑞稀様の口から話して貰えたら、坂本さんは主人の話なのだから、嫌でも聞かなければいけないだろう。だから私は楽かもしれない。けれど、それは違うと思う。

坂本さんに対しては。


「私は坂本さんの事を信頼しているし、尊敬しております。私の、大切な先輩です。だから、私の口から話がしたいんです。」


例え聞く耳を持って貰えなかったとしても、きちんと自分の口から話をしたい。誠意を持って。


「ダメ…ですか?」


私の話を聞いた瑞稀様はフウと溜息付いて、ストンとベッドから降りる。再び私の頭をぽんぽんと撫でた。


「…話が終わったらもう一度ここへ来いよ。」
「で、でも瑞稀様は明日が早いので…。」
「今日は抱き枕が必要な気分なの。」


「ん~」って伸びをしたら、タブレットに目を落とす瑞稀様に気持ちがふわりと少し軽くなる。


優しい…な、相変わらず。


感謝を込めて丁寧におじぎをすると部屋を後にした。


ありがとうございます。きちんと話します、私なりに。


『覚悟しろよ。』


これでも今は、私なりに現状を受け入れて、覚悟していますから。



瑞稀様の部屋を後にして、階段へと向かったら、丁度ワゴンを引いて、スロープを降りている坂本さんを見つけた。



「坂本さん!」


二階からかけた声が、少しだけ吹き抜けに谺する



「……。」


坂本さんは、一度動きを止めて、私を真顔で見つめ、フイッと目を逸らしてまたワゴンを引き始めた。

駆け足でそこに近づいて声をかける。


「あ、あの…お話をさせてくれませんか?」


坂本さんは私を見ることなく、カラカラと車輪の音を気にしながら丁寧に降りていく。

「…無理よ。今は。見れば分かるでしょ?」


下まで降りた所で、またワゴンを止めて、今度は私を見た。

その目線が、とても冷たく感じる。

気圧される気持ちを足に力を入れて踏ん張り、もう一度口を開いた瞬間、圭介さんが、廊下を足早に近寄ってきた。


「ごめん、坂本さん、連絡が遅かったみたいですね。」


ワゴンを自分の方に引寄せて「代わります」と声をかけると坂本さんは、少し笑顔を見せる。


「…いいえ。私がきちんと確認しなかったのがいけないので。では、私はこれであがりますね」


そう言って軽く会釈をして歩き出した。


「お疲れさまです」


圭介さんが、その背中を見送りつつ、私の肩をポンと叩く。
『行きな』と目配せをしてくれて、私もそれに軽く会釈して、坂本さんの後を追った。


「あ、あの…。」
「……。」


横に並んでも、坂本さんはそのまま無言で歩き続けるだけ。
何も話せないまま、自室の前まで来てしまった。


日を改めた方が良さそうかな…。


心で溜息をついて諦めかけたら


「…入って。」


坂本さんがドアをあけて、私を中へ入る様に促す。


「は、はい…失礼します!」


話を聞いてくれるのかもしれない。そう期待が膨らんで入った部屋の中。
けれど無言のまま、私に背を向けて、着替を取り出す為か、タンスを開け始める坂本さん。


空気が…重く感じる。

いや、でも。
ちゃんと話をしないと。

誤摩化す事はしたくない、坂本さんには。


「…瑞稀様の事なのですが。」


一度大きく深呼吸してから話し始めた私に


「…私、瑞稀様が好きなんです。」


ピタリと坂本さんの動きが止まった。