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「も、申し訳…」
クローゼットを私の代わりに開けた瑞稀様に急いで続いたら、不意に口元に人差し指を立てられた。
微かに唇に瑞稀様の指が触れて思わず意識がそこに行ってしまう。
「次謝ったら、罰ゲームだから。」
口角をキュッと上げて微笑むその顔がイタズラ好きの子供みたいで、またその表情に鼓動が早くなった。
「だいたいさ、いつもだって、自分でほとんど着替えてるんだよ?」
……え?
「あれ?知らなかった?圭介は、不器用なんだよ。ネクタイも結べない。だから、あの人、ホック横で留めるだけの蝶ネクタイにしてんだよ?」
…圭介さん、ぶ、不器用…なんだ。
あの整った顔からして、とても繊細な感じなのに。
でも…そんな欠点があると、親近感が湧くかも。
固まって見守る私をよそに、「あれでよく、執事のA級試験受かったよね」と笑いながら白いTシャツの上にワイシャツを羽織ってネクタイを締め始める。
い、いけない…。
「あの、お手伝い致します…。」
急いで正面に立ったら
「あ、うん、じゃあ折角だからお願いしようかな。」
ふわりとした笑顔が目の前に現れた。
しゅ、集中…ネクタイをしめなきゃ…。
体が熱くて、鼓動がガンガン耳鳴りのように響いていて、手も若干震えている。
けれど、前のご主人様の時にお母さんから結び方を散々鍛えられたから、目を瞑ってても結べるもんね、ネクタイは。
『咲月、ネクタイはただ結ぶだけではダメなのよ?』
フッと過ったお母さんの優しい笑顔。
『“ご主人様がお仕事を全う出来ます様に”とちゃんとそこに想いを込めないと。
そして、ネクタイを結ばせて貰えるのはメイドとしては名誉な事。その感謝も忘れずにね?』
想い…か。
きっと、これだけ大きなグループのトップに立っていたら、計り知れないご苦労があるよね。
私には想像すらできないけれど。瑞稀様が今日もお元気でお仕事に集中出来ます様に。
そして、新参者の私に結ばせてくれてありがとうございます。
そんな願いを込めて結んだネクタイ
「出来ました。」
結び終わって離した手が何となく寂しく感じた。
…『どうしてなのか』は、良くわからないけれど。
「おっ!キレイ。さすがだね。」
良かった…喜んで貰えて。
鏡を見て満足そうにしてる瑞稀様にホッと胸を撫で下ろすと脱ぎ捨てられた部屋着を丁寧に拾った。
「…ねえ、涼太と一日で随分親しくなったんだね。」
え…?
「ほら、頭の花。さっきと変わってるから。」
…そういえば。
瑞稀様とのやり取りで必死だったから、また忘れていた。
すみません…涼太さん。せっかくつけて頂いたのに。
洗濯物を抱えつつ、片手を頭に乗せる
よかった…どの花も取れてはいないね。
ダッシュで来たからと焦ったけれど。
私の様子を見ていた瑞稀様が少し首を傾げた。
「ねえ。もしかして、今思い出した?頭の花の事」
「え…?あ…いえ…その…緊張していて…あまり色々考えられませんで…。」
図星を突かれて口ごもった答えになってしまった私を、またクッと笑う瑞稀様。
「そっか。まあ…まだ初日だしな。」
すっと髪にその指が伸びてきて、触れた部分の花がカサッと微かに音を立てた。
「ちょっと曲がってる。」
な、直…っ
ご、ご主人様に…直して頂くなんて…どうしよう。
でも『謝るな』と言われたばかりだし…。
懸命に考えながら、俯きがちに一度、キュッと唇を結ぶ。それから言葉を発した。
「あの…ありがとうございます。」
「おっ!謝らなかった!」
「エライじゃん」と私の頭をポンと撫でる瑞稀様に困惑しながら見上げたら、その煌めきの多い瞳に私が写っているのがわかる。
「ま、頑張って?」
そして、また、優しくそう微笑まれた。
…あんなに冷たそうな人だと思っていたのに。
本当は…違うの?
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「も、申し訳…」
クローゼットを私の代わりに開けた瑞稀様に急いで続いたら、不意に口元に人差し指を立てられた。
微かに唇に瑞稀様の指が触れて思わず意識がそこに行ってしまう。
「次謝ったら、罰ゲームだから。」
口角をキュッと上げて微笑むその顔がイタズラ好きの子供みたいで、またその表情に鼓動が早くなった。
「だいたいさ、いつもだって、自分でほとんど着替えてるんだよ?」
……え?
「あれ?知らなかった?圭介は、不器用なんだよ。ネクタイも結べない。だから、あの人、ホック横で留めるだけの蝶ネクタイにしてんだよ?」
…圭介さん、ぶ、不器用…なんだ。
あの整った顔からして、とても繊細な感じなのに。
でも…そんな欠点があると、親近感が湧くかも。
固まって見守る私をよそに、「あれでよく、執事のA級試験受かったよね」と笑いながら白いTシャツの上にワイシャツを羽織ってネクタイを締め始める。
い、いけない…。
「あの、お手伝い致します…。」
急いで正面に立ったら
「あ、うん、じゃあ折角だからお願いしようかな。」
ふわりとした笑顔が目の前に現れた。
しゅ、集中…ネクタイをしめなきゃ…。
体が熱くて、鼓動がガンガン耳鳴りのように響いていて、手も若干震えている。
けれど、前のご主人様の時にお母さんから結び方を散々鍛えられたから、目を瞑ってても結べるもんね、ネクタイは。
『咲月、ネクタイはただ結ぶだけではダメなのよ?』
フッと過ったお母さんの優しい笑顔。
『“ご主人様がお仕事を全う出来ます様に”とちゃんとそこに想いを込めないと。
そして、ネクタイを結ばせて貰えるのはメイドとしては名誉な事。その感謝も忘れずにね?』
想い…か。
きっと、これだけ大きなグループのトップに立っていたら、計り知れないご苦労があるよね。
私には想像すらできないけれど。瑞稀様が今日もお元気でお仕事に集中出来ます様に。
そして、新参者の私に結ばせてくれてありがとうございます。
そんな願いを込めて結んだネクタイ
「出来ました。」
結び終わって離した手が何となく寂しく感じた。
…『どうしてなのか』は、良くわからないけれど。
「おっ!キレイ。さすがだね。」
良かった…喜んで貰えて。
鏡を見て満足そうにしてる瑞稀様にホッと胸を撫で下ろすと脱ぎ捨てられた部屋着を丁寧に拾った。
「…ねえ、涼太と一日で随分親しくなったんだね。」
え…?
「ほら、頭の花。さっきと変わってるから。」
…そういえば。
瑞稀様とのやり取りで必死だったから、また忘れていた。
すみません…涼太さん。せっかくつけて頂いたのに。
洗濯物を抱えつつ、片手を頭に乗せる
よかった…どの花も取れてはいないね。
ダッシュで来たからと焦ったけれど。
私の様子を見ていた瑞稀様が少し首を傾げた。
「ねえ。もしかして、今思い出した?頭の花の事」
「え…?あ…いえ…その…緊張していて…あまり色々考えられませんで…。」
図星を突かれて口ごもった答えになってしまった私を、またクッと笑う瑞稀様。
「そっか。まあ…まだ初日だしな。」
すっと髪にその指が伸びてきて、触れた部分の花がカサッと微かに音を立てた。
「ちょっと曲がってる。」
な、直…っ
ご、ご主人様に…直して頂くなんて…どうしよう。
でも『謝るな』と言われたばかりだし…。
懸命に考えながら、俯きがちに一度、キュッと唇を結ぶ。それから言葉を発した。
「あの…ありがとうございます。」
「おっ!謝らなかった!」
「エライじゃん」と私の頭をポンと撫でる瑞稀様に困惑しながら見上げたら、その煌めきの多い瞳に私が写っているのがわかる。
「ま、頑張って?」
そして、また、優しくそう微笑まれた。
…あんなに冷たそうな人だと思っていたのに。
本当は…違うの?
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