.
え…?
思わず顔を上げた。
「や、智樹、そこはさ。まあ、お互い忙しいわけだし頻繁にってわけにはいかなくても、そんなキッチリ線引きしなくていいんじゃないの?」
圭介さんが慌ててフォローに入ってくれたけれど
「そうかもしれないけど、俺は甘えたくないの。そう言うのに。」
それを聞き入れる気は一切無いと言う感じで、スケッチブックをまた手にして、何やら書き始めた。
「…でもさ。二人をここに来る様に仕向けてくれたのには感謝してるよ?」
筆を止めた後、端をぴりぴり…と破き「ん」っと圭介さんにそれを手渡す。
「圭介、おめでとう。」
「智樹…覚えてたんだ、俺の誕生日」
「何となく」
圭介さんが「すげー!ありがとう!これ、マジで嬉しいわ!」と言いながら、私に見せてくれた智樹さんの書いた絵。
う…わ…凄い…こんなに短時間で。
橋のかかるこの川の風景に圭介さんが溶け込んでいて、何とも幻想的に仕上がってる絵。圭介さんの微笑みが本当に穏やかで、愛情が溢れていると伝わって来る。
やっぱり智樹さんの描く絵は素晴らしい。
優しくて、柔らかくて、けれどどこか幻想的で…だからこそどこか寂しさを感じるのに暖かい。
「咲月ちゃんはまた今度。」
「え…?」
「いつか会えたらその時に渡すよ。」
“いつか“
一緒に居る時間が長かった故に伝わる、智樹さんの頑なさ。
「そ、そんなの…嫌です…。」
何で?
どうして私に会うことをそんなに拒否するの?
「わ、私、また会いに来ます。智樹さんに会えなくなるなんて…そんなの…。」
目頭が熱くなり、ポタポタと落ちて来る涙。
「咲月ちゃん、悪い。俺、何か飲みもん買って来るわ。」
圭介さんが立ち上がって伸びをして智樹さんの肩をポンと叩いて離れて行った。
「…私にもう会いたくないって事ですか?」
「そう言う事じゃないよ…。」
参ったなと言う顔をしているのが、ぼやけた視界の向こうに見える。
「瑞稀様が…会っていいとおっしゃているのに…」
瑞稀様の穏やかな表情と真人様が去っていった時の寂しげな表情を思い出して、余計に涙が溢れる。
『大切な人が手の届く所に居るって、幸せな事だと思うよ』
…これからも、智樹さんの事を大切にしたいと思っているのに。
ズって鼻水をすすって、涙を袖で拭ったら、身体が暖かさに包まれた。
それは間違いなく、智樹さんの腕の中で。驚きで、涙がピタリと止まる。
「と、智樹さん…?」
「咲月ちゃん。今のご主人、好き?」
「え…っと…は、はい…。」
「そっか…。相変わらず頭、撫でられんの?」
「は…い。」
「そっか。」
「ごめんね?」と身体が離れた後、智樹さんは柔らかく笑う。
「咲月ちゃんが元気で、新しい所で頑張れているんだったら俺はそれで充分だから。」
「そ、そんな…」
「咲月ちゃん?俺はもう主人でも何でもないんだよ。そんなヤツに会いに来たらどうなるかわかるでしょ?」
「ど、どうって…。」
「食べる。」
「…智樹さんはそんな事しない。」
「そうか?」
そうだよ。
昔から、私がダダこねると、困った様に眉をさげて、『咲月ちゃん、食べちゃうよ』って言って
私がそれで恐がって逃げ回るのを笑いながら追いかけて…。
結局楽しくなっちゃって最後はきちんと、智樹さんの言う通りにしていたけれど。
いつだって、ずっと変わらず優しくてそうやって笑ってくれていて。頭に乗る掌は、私を笑顔に導いてくれていた。
「咲月ちゃん、またね?寒いから、風邪ひかない様にするんだよ?」
智樹さんは、きっともう…会ってはくれない。
例え私が来週ここに押し掛けたとしても、ここには居ないんじゃないかと、そんな予感がした。
私の見守る中、智樹さんは、画材道具を片付けて「よいしょ」と背負う。
坂道をのんびりと歩いて、上がった所に居た圭介さんと何やら談笑すると、そのまま去って行った。
.
代わりに坂道を下りて来た圭介さん。
「咲月ちゃん、お待たせ。」
その手から差し出されたペットボトルのお茶が暖かくて、視界がまた曇った。
圭介さんは隣に静かに再び腰を下ろす。
見上げた空には、ぽっかりと浮かんだ白い雲が、ゆっくり動いていた。
「…あの人、雲みたいな人でしょ?だから、また会えると思うよ?巡り巡って、時が経てば、きっと。」
全てを察しているのか、私と智樹さんのやり取りを見聞きしてたのかは分からないけれど、一口飲んだお茶が圭介さんの言葉と一緒に身に染みて余計に涙が溢れて来る。
「あ~これ、大丈夫かな。俺、瑞稀様にすごいどやされそう…。泣かすんじゃねえ!って。」
眉下げて苦笑いしながら、ハンカチを差し出す圭介さんに思わず頬が緩む。
…智樹さん、私またいつか会いに来ます。
だって、ずっと変わらないから。
智樹さんが『大切な人だ』と言う事は。
『大切な人が手の届く所に居るのは幸せな事だよ』
届かなくなるのは…もっと辛いから。
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え…?
思わず顔を上げた。
「や、智樹、そこはさ。まあ、お互い忙しいわけだし頻繁にってわけにはいかなくても、そんなキッチリ線引きしなくていいんじゃないの?」
圭介さんが慌ててフォローに入ってくれたけれど
「そうかもしれないけど、俺は甘えたくないの。そう言うのに。」
それを聞き入れる気は一切無いと言う感じで、スケッチブックをまた手にして、何やら書き始めた。
「…でもさ。二人をここに来る様に仕向けてくれたのには感謝してるよ?」
筆を止めた後、端をぴりぴり…と破き「ん」っと圭介さんにそれを手渡す。
「圭介、おめでとう。」
「智樹…覚えてたんだ、俺の誕生日」
「何となく」
圭介さんが「すげー!ありがとう!これ、マジで嬉しいわ!」と言いながら、私に見せてくれた智樹さんの書いた絵。
う…わ…凄い…こんなに短時間で。
橋のかかるこの川の風景に圭介さんが溶け込んでいて、何とも幻想的に仕上がってる絵。圭介さんの微笑みが本当に穏やかで、愛情が溢れていると伝わって来る。
やっぱり智樹さんの描く絵は素晴らしい。
優しくて、柔らかくて、けれどどこか幻想的で…だからこそどこか寂しさを感じるのに暖かい。
「咲月ちゃんはまた今度。」
「え…?」
「いつか会えたらその時に渡すよ。」
“いつか“
一緒に居る時間が長かった故に伝わる、智樹さんの頑なさ。
「そ、そんなの…嫌です…。」
何で?
どうして私に会うことをそんなに拒否するの?
「わ、私、また会いに来ます。智樹さんに会えなくなるなんて…そんなの…。」
目頭が熱くなり、ポタポタと落ちて来る涙。
「咲月ちゃん、悪い。俺、何か飲みもん買って来るわ。」
圭介さんが立ち上がって伸びをして智樹さんの肩をポンと叩いて離れて行った。
「…私にもう会いたくないって事ですか?」
「そう言う事じゃないよ…。」
参ったなと言う顔をしているのが、ぼやけた視界の向こうに見える。
「瑞稀様が…会っていいとおっしゃているのに…」
瑞稀様の穏やかな表情と真人様が去っていった時の寂しげな表情を思い出して、余計に涙が溢れる。
『大切な人が手の届く所に居るって、幸せな事だと思うよ』
…これからも、智樹さんの事を大切にしたいと思っているのに。
ズって鼻水をすすって、涙を袖で拭ったら、身体が暖かさに包まれた。
それは間違いなく、智樹さんの腕の中で。驚きで、涙がピタリと止まる。
「と、智樹さん…?」
「咲月ちゃん。今のご主人、好き?」
「え…っと…は、はい…。」
「そっか…。相変わらず頭、撫でられんの?」
「は…い。」
「そっか。」
「ごめんね?」と身体が離れた後、智樹さんは柔らかく笑う。
「咲月ちゃんが元気で、新しい所で頑張れているんだったら俺はそれで充分だから。」
「そ、そんな…」
「咲月ちゃん?俺はもう主人でも何でもないんだよ。そんなヤツに会いに来たらどうなるかわかるでしょ?」
「ど、どうって…。」
「食べる。」
「…智樹さんはそんな事しない。」
「そうか?」
そうだよ。
昔から、私がダダこねると、困った様に眉をさげて、『咲月ちゃん、食べちゃうよ』って言って
私がそれで恐がって逃げ回るのを笑いながら追いかけて…。
結局楽しくなっちゃって最後はきちんと、智樹さんの言う通りにしていたけれど。
いつだって、ずっと変わらず優しくてそうやって笑ってくれていて。頭に乗る掌は、私を笑顔に導いてくれていた。
「咲月ちゃん、またね?寒いから、風邪ひかない様にするんだよ?」
智樹さんは、きっともう…会ってはくれない。
例え私が来週ここに押し掛けたとしても、ここには居ないんじゃないかと、そんな予感がした。
私の見守る中、智樹さんは、画材道具を片付けて「よいしょ」と背負う。
坂道をのんびりと歩いて、上がった所に居た圭介さんと何やら談笑すると、そのまま去って行った。
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代わりに坂道を下りて来た圭介さん。
「咲月ちゃん、お待たせ。」
その手から差し出されたペットボトルのお茶が暖かくて、視界がまた曇った。
圭介さんは隣に静かに再び腰を下ろす。
見上げた空には、ぽっかりと浮かんだ白い雲が、ゆっくり動いていた。
「…あの人、雲みたいな人でしょ?だから、また会えると思うよ?巡り巡って、時が経てば、きっと。」
全てを察しているのか、私と智樹さんのやり取りを見聞きしてたのかは分からないけれど、一口飲んだお茶が圭介さんの言葉と一緒に身に染みて余計に涙が溢れて来る。
「あ~これ、大丈夫かな。俺、瑞稀様にすごいどやされそう…。泣かすんじゃねえ!って。」
眉下げて苦笑いしながら、ハンカチを差し出す圭介さんに思わず頬が緩む。
…智樹さん、私またいつか会いに来ます。
だって、ずっと変わらないから。
智樹さんが『大切な人だ』と言う事は。
『大切な人が手の届く所に居るのは幸せな事だよ』
届かなくなるのは…もっと辛いから。
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