良く晴れた日曜日。

瑞稀様の温もりに名残惜しさを感じながらの今年初めての外出は圭介さんと一緒。


「咲月ちゃん、あんまり見ないでよ。」

「す、すみません…つい。」


何度もジッと見てしまう私に、圭介さんが苦笑い。


「さすがに俺も休日は執事の服は脱ぐよ?」


それは分かってます…。
だけど、新鮮なものは新鮮なんだもん。


ダボ過ぎず、キツすぎずのジャストフィットのジーンズにジャケットを羽織ってマフラーを巻いて。


「あの…似合っています。」

「すっごい、社交辞令!」


ハハッと笑いながら、電車のドアに背中を付けた。


「執事服のまま電車に乗ったら目立ってしょうがないしね。って、何で普段着来た事に言い訳してんだ、俺は。」


眉を下げる圭介さんに思わず頬が緩む。

…いつも冷静で頼りになる存在なのに、何となく今日は違う気がする。


「咲月ちゃん、『智樹さん』に会うの楽しみ?」

「は、はい…。」

「そっか、俺も楽しみだわ。」


圭介さんも…?

ドアにもたれている圭介さんに小首を傾げたら、面白そうに、口の片端をあげて笑って、窓の外に目線を反らした。


「…懐かしいな、この辺の景色。」

「懐かしい…ですか?」

「俺ね、高校の時、この電車で通学してたから。」

「そ、そうなんですか?」

「そう、結構大変だったよ?あの人を高校まで連れてくの。ほっとくと寝坊ばっかでさ。」


あの…人?


「何で俺が毎日連れてってんだ?ってね、時々ハタと気付くんだけどさ。
そう言う時に限って、『圭介ありがとな!』とかって言うんだよな~。
俺んちには遊びに来るくせに、絶対家には招待してくんなかったし。」


「まあそこはいっか」ってまた眉を下げて私を見た。


「…『智樹さん』は俺と高校の同級生でさ。そこそこ仲良くさせて貰ってたって感じかな。」


昔、一度だけ智樹さんに聞いた事があったかも…智樹さんが高校に入って暫く経った頃。


『お節介なんだけど、何か可愛いヤツが居てさ』って。


その顔がとろける程柔らかくて笑顔だったから、女の人だと思っていた。


智樹さん…その人の事が好きなのかな?と。


「結局三年間クラス一緒の腐れ縁だったもんな、智樹とは。」


楽しそうに話す圭介さんが、どことなく幼く見えて、相思相愛だったのだと、思わず頬が緩んだ。


駅に降り立った時には、谷村家のお屋敷を出た時とは違い、曇り空。
河原は、合間に少しだけさ注す光それがほんの一時の暖かさを与えてくれていて、腰を下ろしている智樹さんの後ろ姿が目に入って、どこか安心を覚えた。


「智樹さん、こんにちは」


後ろからそっと声をかけたら


「咲月ちゃん…」


振り向いた智樹さんの奥深いブラウンの瞳が揺れた。


「圭介…」

「久しぶり、智樹。」


「どう言うこと?」と苦笑いの智樹さんだけど、どこか嬉しそうで。智樹さんを挟んで私と反対側に腰を下ろした圭介さんも優しく微笑んでいる。


「まあ、色々事情があってさ」


…やっぱり智樹さんから以前聞いた『お節介の可愛い人』は圭介さんの事なんだろうな。


「まさか、咲月ちゃん…解雇…。」

「いや、それは無い。寧ろ、今居なくなられると、俺としても辛い位重宝してます。智樹、ご紹介、ありがとう。」


え…?紹介…?


思わず二人を見たら、智樹さんがまた苦笑い。


「圭介、それは言わないって約束だったじゃねーか。」

「いや、感謝はちゃんと口にしないと。」


智樹さんが圭介さんに私を…紹介してくれた…。職に困らない様に…。



苦笑いのまま気まずそうに私を見る智樹さん。


「紹介しといて、会ってちゃだめでしょ?そこは。」


それで「会いに来るな」と言っていたの…?


「それなんだけどさ、智樹。今のご主人様がね?咲月ちゃんと智樹が会うのは構わないってさ。」

「…マジか。」

「うん、マジ。まあ、咲月ちゃんと智樹の関係がさ。ちょっと変わってるでしょ?半ば兄弟みたいなもんて言うか…そこら辺を考慮しての事みたい。」


圭介さんの話に少し面食らった智樹さんが私に向き直り、嬉しそうに笑う。


「咲月ちゃん、ご主人に恵まれたね。」


…良かった。
これで、会うのも受け入れてくれるのかも。


瑞稀様…ありがとうございます。


優しい笑みを思い出して頬が勝手に緩んだのと同時、智樹さんの掌が私の頭に乗っかり、ポンポンと撫でた。


「でもね?やっぱり会いには来ちゃダメ。」