真冬の寒さが込み上げる庭の奥。涼太さんの管理する、常春の温室の中
「……。」
「……。」
作業台の前に置かれた椅子の上にシュンと背中を丸め正座をしている男性。瑞稀様とよく似た、少し色薄めの輝き多い瞳と、すっと通った鼻筋。瑞稀様より一回りほど大きな背丈ながら、細身な体で、髪質は、ふんわりとした猫っ毛の瑞稀様に対して、艶やかな黒髪をしている。
涼太さんは、そんな彼の傍らに立ち、目を細めて少し横目で睨み、腕組み。
「…帰って来るなら来るで昨日届いた手紙に書いといて欲しいんだけど。」
「それはさ…ほら、瑞稀をビックリさせよっかなってね!」
瑞稀様の名前を口にした途端に、その男性の顔の表情が明らかに輝いた。
「ビックリさせるより、もっとやる事あんだろ?瑞稀、心配してんだからさ。」
「そんな事、涼太に言われなくても分かってるよ!
つかさ、何で『瑞稀』呼び?曲がりなりにも主人でしょ?『瑞稀』って呼んでいいのは俺だけ!って、俺、何で正座させられてんの?これって俺に失礼じゃない?!」
「はあ?!お前が勝手に正座したんだろうが!」
「涼太は恐いんだよ、睨むとさ!正座したくなんだろーが!」
…犬猿の仲って感じなのかな。
関係性としては。
「あの……」
「「何?!」」
その割にもの凄く息が合っている。
「お、お取り込み中申し訳ありませんが…」
思わずコクリと生唾を飲み込んだ。
今の会話の流れからして恐らく…そうだろう。
「瑞稀様のお兄様の真人様ですか?」
私の問いに白い歯を見せてニカッと笑うと正座からそのまま軽やかにジャンプをして立ち上がる、その人。
「そう!真人です!メイドさんだよね?よろしく!」
握手を求められて反射的に掌を差し出したら、私の戸惑いごとスラリと伸びる指先が捉えてその掌に収めた。
そして、先程と同じ。日の光を彷彿とさせる様な、眩しさを感じる笑顔。心なしか、体感温度がふわりとあがった気にさえなる。
「とにかく、瑞稀に連絡する。」
涼太さんが私達の間に入って、握手をさりげなく解いた。
「ちょっと待って?瑞稀には、俺が自分で連絡を…。」
「申し訳ございません。もう済ませてしまいました。今から少しの時間お戻りになるそうです。」
真人様の背後から落ち着いた声が聞こえて来た。
「圭介!久しぶり!」
丁寧におじぎをする薮さんに、真人さんはその目を爛々と輝かせる。
「ご無沙汰しております。真人様」
「『真人様』とかやめろって!圭介ー!」
「ちょっ、ちょっと!くっつかないでよ、真人さん!」
嬉しさのあまり興奮する子犬のごとく飛び付き熱い抱擁をする真人様。そんな真人様に苦笑いで眉を下げてはいるけれど、薮さんの表情は嬉しそうに見える。
「ったく…。相変わらず圭介が好きだよな、真人は。」
それを飽きれ気味に見守る涼太さんもどこか楽しそう。
「まあっ!真人様!」
「坂本さん!」
「真人坊ちゃん!」
「波田さんも!元気だった?」
後から入って来た二人もその顔をほころばせている。
温室の中の空気がいつもより柔らかい気がする…。
「じゃあ俺、会社まで迎えに行って来るからさ。
坂本さん、後はよろしくお願いします。」
薮さんは、抱きしめられて出来ていたスーツの皺をピンと伸ばすと丁寧に会釈をしてガレージへと向かう。
「坊ちゃん、少し遅くなりましたが、朝ご飯をお召し上がりになりますか?」
「波田さんの朝飯!食いたい!」
「では私はお茶の用意を…。その前に咲月ちゃん、真人様のお荷物、一緒にお部屋まで運んじゃいましょ?」
「大丈夫です!私、一人で運べます!」
「もー!若いわね!」
私の答えに坂本さんがいつもの調子でカラカラ笑う。その横から真人様が割って入った。
「このバックパックと手荷物、結構重いから俺が自分でやるよ。」
「い、いえ!大丈夫ですので。やらせてください。」
荷物を持ち上げようとしてる真人様を慌てて制止したら、荷物から顔を上げて私をじっと見る。それからアヒル口になって少し微笑んだ。
「じゃあ…俺も一緒に部屋に行くね?」
「真人がもう部屋に行くなら花飾る。だから俺も一緒に…」
「そ?んじゃ涼太、先行ってるねー。また後で!」
「あ、ちょっと待てって、おい…!」
怒鳴る涼太さんにヒラヒラと手を降る真人様。バックパックの重さに多少ふらついている私の背中を少し押して「行こっか」と歩き出した。
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