「今日も帰って来れると思うから仕事が終わったら、部屋においで?」



何とかお部屋に帰って頂けた早朝を越えて、朝の着替えの為に訪れたお部屋。着替えを終え、もみの木の前に立ってそれを眺めている瑞稀様が振り返り微笑んだ。


…薮さんが今日はお帰りにならないと言ってたのにな。もしかして、昨日あまり話せなかったのを気にかけてくれている?


「お、これ、上手いじゃん。ヒトデだけじゃないんだね、毛糸で編めるの…シカ?」
「…トナカイです。」
「あ、また惜しい!」


少し眉下げて、掌で口元を隠して笑っている瑞稀様は本当に楽しそう。私が後ろからコートを持ち上げたら、それに腕を通した。



「なるべく毎日帰って来る様にするっつったでしょ?心配しなくてもね、仕事で手を抜く様な事はしないから、俺は。」



きっと私の考えをお見通しなのだろう。瑞稀様は私の頭を優しく撫でる。


その優しさが心に染みて、笑顔と同時に漠然とした不安が込み上げた。


…優しかった、前のご主人様、そして智樹さん。けれど、幸せであった日々は突然なくなり、ご主人様とお母さんはいなくなった。それから…


『咲月ちゃん、もう会いに来ちゃダメだよ』


…智樹さんも。


瑞稀様を始め、薮さんも涼太さんも坂本んも、波田さんも、皆さん優しく、素敵な人達で。そんな人達の中で働き暮らしている今、以前の様な事が繰り返されてしまうのではと、どこかで思ってしまう。もちろん、以前と今とでは状況も人も違うけれど。


…もうこれ以上消えないで欲しい、『好きな人達』が。


どうしても払拭しきれないその不安に、自分の弱さを感じて少し俯いたら身体が覆われた。


「…腕。俺の背中に回してみ?」


促されて恐る恐る回した腕。


「どう?居た?俺。」


その言葉に、ドキンと鼓動が跳ねた。


瑞稀様…私の不安を察してくださった…の?


おでこを埋めた先の身体から瑞稀様の少し早めの鼓動が響いて来る。


「…はい。」


その心地良さに、静かに瞼を伏せて、頰を緩めた。



「言っとくけどね、俺は居なくなったりはしませんよ。その…なに?シカだっけ?」
「…トナカイです。」
「そうトナカイが増えてくの見ないと…ってさ、その上に飾ってある坂本さん作のトナカイみて思ったんだけど、ソリ引くトナカイって角あるじゃん。」


あ、そっか。
何か足りないな…って思ったら。


「やっぱり咲月のはシカなんじゃ…いや、待てよ?シカだってトナカイだって、どっちにしろ立派な角あるよね?馬とか言わなかった俺に拍手じゃない?これ。」


おでこをコツンて付けられて


「ほら、やっぱり俺が帰って来て見ないとダメじゃん。サンタの髭とか付け忘れそうだよ?咲月は。」


ヨシヨシと頭をまた撫でられる。


…確かに瑞稀様には智樹さんの事を含め、事情は話した。けれど、不安な気持ちまでは話していたわけではないのに。

こうして、きちんと気持ちを汲んで下さって…。

泣きたい程に嬉しくて、素直に瑞稀様を引寄せ「はい。」と返事をした。


「…瑞希様のチェックが必要かと。」
「ほら、やっぱり毎日帰って来ないと。」


私の気持ちを受け入れ、こうして大事にしてくださる。中々出来る事では無いと思う。

穏やかに笑う瑞稀様に、感謝の気持ちを深く抱いた。