仕事を終えて自室に戻った後、シャワーを浴びベッドへとダイブした。


瑞稀様とお話出来なかったな…夜。


瑞稀様のお部屋に着替えのお手伝いに伺ったら、涼太さんとドアの前で鉢合わせ。


「あ…悪ぃ。瑞稀、借りるかも。」


そう苦笑いしていた。その手元には一通の白い封筒。


何か…大事なお話があるんだろうなと、涼太さんの雰囲気とその封筒でそんな風に感じたけれど。


瑞稀様と少しでもお話、したかったな…。


『背中でも流して貰おっかな』


べ、別に期待してるわけじゃなくてさ。
瑞稀様の仰っていた、話の内容が気になるだけ…で…。


思わず跳ねた鼓動をフウッて息を吐き出して沈めたら目を瞑る。途端に景色に瑞稀様の笑顔が甦る。

明日の朝はネクタイ結びながら少しだけでもお話出来る時間があればいいな…。

そのまま少し、微睡みヘと誘われて夢見心地になったけれどコンコン、と遠慮がちにドアをノックする音でまた意識を引き戻された。


慌てて起き上がり「はい」と声をかけながらドアに近づく。「俺だけど」と帰って来た返事に鼓動が勢いよく跳ねた。

み、瑞稀様…!


「も、申し訳ございません!不手際がございましたか?!」


急いでドアを開けた先の瑞稀様は、一瞬間を置いて、握った手を口に当てながら、含み笑い。


「あ、あの…」
「や、うん。今晩は。」


笑ったまま「とにかく中へ入れてくれる?」と眉を下げた。


言われるまま、「どうぞ」とお通ししたけれど…


……ご主人様がメイドの部屋に入った。
そして、ベッドに腰掛けている。


その絵図らに躊躇していたら、「ここ座って?」と隣に座る様に促された。

恐る恐る近づいてって腰を下ろした途端、背中に腕が回って来て引き寄せられる身体。その暖かさに力が抜けて、頬が少し緩んだ。


「さっきはごめん。追い返して。」
「いえ、私は…。」
「だよね。思いきり、安心した顔してたもんな。」
「そ、そんな事は…」
「素直だこと。」


耳元で聞こえるクスリと笑う吐息さえ、優しく感じる。


…こうして会いに来てくださる。私にはこれで充分過ぎる位なんだけどな。一緒にお風呂に入るとか、一緒に寝るとか…そのような大それた事はもう少し心の準備が必要な気がする。


「あ、あの…もう少し時間を下さい。」
「いいよ、一分。」


冗談めかして笑う瑞稀様が、腕を少し動かしてより私を引き寄せた。


「…ツリーの飾り付け、頑張ってるね。結構大変でしょ、オーナメント付けるの。デカイの3つだもんね。」


少しだけ瑞稀様が鼻を啜った。お部屋の中が寒いのかもしれない。心配になり、思わず腕を背中に回して、擦る様に抱きしめる。


「…楽しいです、とても。
今年は瑞稀様のお部屋のもみの木に、皆の手作りも混ぜようって話になりまして。」
「圭介も?」
「はい。涼太さんが全員でやらなきゃ意味無いと頑に。」
「それは可哀想に。」


柔らかく笑う声が心地いい。そう感じるのはきっと瑞稀様が今、楽しいとちゃんと思って下さっているからだよね。

良かった…瑞希様も楽しそうで。


「咲月も作った?もしかしてあの毛糸のヒトデ?」
「うっ…星…です。」
「あ、そっか、星ね。」


も、もう少し…上手く編める様に努力しなきゃ。


「クリスマスまで、毎日一つずつ増やして行ける様に頑張ろうかと思っていまして…。」
「それは何、俺に仕事サボって帰って来いって事?」
「え?!」
「や、だってさ…咲月が作ったものが増えてくんでしょ?毎日帰って来たいでしょ、そんなの。」


言った瑞希様はさも当たり前の様に、飄々としていて、余計に鼓動はドキドキと高鳴って身体が熱を持つ。おでこ同士がくっついてその熱が瑞稀様へと伝わった。


「まあ…毎日は無理かもしれないけどね?ちゃんと帰れる様に努力する、俺も。
だけど、咲月も目標は目標でいいけど無理は禁物だよ?
他にも玄関とか庭とか、手作りを混ぜないとはいえ、飾り付けしてるし、4人掛かりでも相当大変でしょ?皆、普段の業務こなしながらなんだから…。しかも、圭介にとっては負担、半端無いし?」


フワリと笑う楽しそうな笑顔に鼻の奥がツンと痛みを覚えた。


…本当にお優しい方。
こうやってちゃんと皆の事を考えて楽しそうにもしてくれる。


『俺達は瑞稀が好きでここに集まっている』


涼太さんの言う通りだと思う。
私、瑞稀様がとても好きです。


その身体を想いを改めて込めて抱きしめ直したらそれに呼応する様に回されている瑞稀様の腕に力が籠る。


「……。」


瑞稀様はそのまま私の首筋に顔を埋め、何も語らなくなった。


無音に近い部屋のなかで少しだけ聞こえる互いの呼吸。居心地は良く、瑞稀様の腕を解いてしまおうと言う気持ちにもなれなくて、ただその温もりに身を任せて、瑞稀様が動き出すのを待った。


瑞稀様…今、一体何を想っていらっしゃるのだろう。


戸惑いがちにそっと背中を擦る。少しだけピクリと反応するその身体。鼻を少し啜る音がまた耳元を擦った。


「…咲月。」


漸く呼ばれた名前。それも心地好く、穏やかな春風に包まれているが如く夢見心地で「はい」と返事をした。


「抱きたい。」
「はい…ってえっ?!」


瑞稀様の言葉と言うよりは、反応した自分の素っ頓狂な声で、頭の中が目覚めた、と言う感覚。驚きで、身体が跳ねた。


「問題ある…か。ここだと、隣の部屋の坂本さんに色々聞こえる…。」


い、いえ…そう言う問題も、ありますけど…。
瑞稀様、あれだけしんみりとした雰囲気を醸し出しておいて考えていたのが…『抱きたい』。


「従業員の部屋も完全防音にしとけば良かった…。」


そこ…項垂れる?
あれ?私がずれてます?

どうしよう…私が凡人過ぎて瑞稀様のお考えに頭が追い付いていない。


「…なに?やっぱり俺にコクって後悔してんの?」
「え?!し、してまま…ません」
「辿々しい。」


目を細め、疑いの眼差し、もとい、満面の不服顔。

いや、告白については…ご主人様に告白をしてしまったわけですから。そこは許して欲しいんだけどな、消化するまで。

だけど、好きなのは間違いない。
どうしたら伝わるんだろう、この感情や葛藤って。


考え込んだら瑞希様の顔が近づき、私を覗き込む。


「咲月は…俺のモンなんでしょ?」


急に声が弱々しくなり、顔色を伺う様な不安げな眼差し。煌めきを集めている薄いブラウンの瞳が揺れている。

そんな表情…私に向けないで。
儚く見えて瑞稀様が消えてしまいそうで悲しくなる。

「瑞稀様…。」


思わずその両頬を両手で包み込む。柔らかな頬が掌の温度と融和して、瑞稀様とな繋がりを肌で感じる。


「好き…です。」


想いが伝われば良いのにと考えたら、無意識にそう呟いていた。