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「会いたいって俺が思っててもね…」


俺が覗き込むように聞いたら、柔らかな笑顔を見せる瑞稀の瞳が少し寂しげに揺れた気がした。


…真人さんに会いたい気持ちは間違いないけれど、複雑なのかもしれない。今“すぐ”会う事に関しては。


もしこのタイミングで真人さんが帰って来たとしたら、咲月ちゃんにとっては、瑞稀だけじゃなく真人さんも『ご主人様』という事になるからな。


事が別だと分かっていても、どうしても大学時代の出来事を脳裏に過ぎらせてしまった。




当時、瑞稀は大切にしている女性が居た。



谷村グループと同様、日本経済を席巻きしている鈴木グループ。その会長の次女で、瑞稀とは幼なじみ。中学、高校は違えど、大学は学部まで同じで。端から見た彼女は穏やかで品が良く、少し控えめで、瑞稀の言葉に屈託なく笑うそんな印象。何より彼女といる時の瑞稀は本当に良い顔をしてた。


大グループの会長の次男、次女と言う、似た様な境遇で互いに理解出来る所もあったのかもしれない。俺達も微笑ましく見守ってたし、よく4人で遊んだりもしていた。



……けれど。



どう言う経緯があったかは知らない。

鈴木グループと谷村グループが共同で主催したパーティーに出席した次の日から、瑞稀は彼女と一緒に居る事はなくなって、彼女について何も語らなくなった。
真人さんもその日からどこかへ行って、消息不明になった。


後から耳に入って来た話によれば『どうやら、彼女は瑞稀じゃなく、兄貴が好きだったらしい』と言うことだったけれど、直接瑞稀の口から聞いたはなしではないし、そんな簡易的な話ではないんじゃないかと俺と涼太は思ってる。


ただ一つ、目の前に示された明らかな事。

それは、あの日を境に瑞稀の表情があまり変わらなくなった事。


笑顔を作っていても、その目は冷めていて寂しさとやりきれなさ、孤独をどこか秘めていて。どんなに俺や涼太が瑞稀に寄り添おうと努力しても、それを払拭しきる事は出来なかった。


それが…咲月ちゃんの存在が瑞稀の中で大きくなり始めている今、表情が明らかに変化してきている。



目の前で、瑞稀が足下に落ちてた花弁を拾い上げた。


「あれ?それ、ガーベラじゃん。」
「あの人が落としてったんだね」


それを見つめる瑞稀の表情は、明らかに優しくて柔らかい。

…願わくば。
咲月ちゃんがこの先も瑞稀の傍らに居てくれたらいいとは思うけど。


咲月ちゃん次第だからな…こればかりは。