『真人は本当にしょうがない子なんだから。』
『瑞稀はイイ子だね。』


俺が物心ついた時からの両親の口癖だった。

言葉だけ羅列すると圧倒的に俺が可愛がられてた風だけど、それとは裏腹に、視線の先はいつもマコにあった。


『しょうがないわね』と笑う母親がマコを抱きしめ、『まあ、次は大丈夫だろう』とその頭を父親は満面の笑みで撫でる。その傍らでそれを見守る俺。

『瑞稀は本当にイイ子で助かる。』


ずっとそう言われ続けて来たし、それに答えようあて、それが一番、両親が喜ぶ事なんだとそう思って『いい子』を演じ続ける努力をして来た。


けれど、俺だって子供の頃は未成熟なわけで、本当はマコみたいに抱きしめて欲しかったし、髪の毛がぐしゃぐしゃになる位頭を撫でて欲しかった。

けれど、それを表に上手く出せない性格もあり、とにかく『イイ子』を続けるしかないと思っていた。

今考えればさ、子供なんだし、もっと迷惑かけりゃ良かったんだろうなって思うんだけど俺はマコと違って臆病者で、迷惑かけた後のお父さんとお母さんの顔が見たくなかったんだよ。


『お前まで私達を困らせるな』


失望したような目を向けられる事が、何よりも恐ろしくて。


マコは、多分俺のそういう所、ちゃんと理解してたんじゃないかなって思う。

だから


『瑞稀、俺ねちょーっとどっか行ってくる!』


大学時代、とある出来事をきっかけに俺達の前から消えたんじゃないかなって思う。


マコが消えて二年後。涼太がニュージーランドで偶然再会して、ニュージーランドに居る間は一緒に住んでた事もあったらしいけど。『瑞稀への連絡は待って!』と止められていたらしくて。

涼太が帰国する時に『瑞稀に渡してね!』と手紙を託されて。そこから、一方的に手紙が涼太経由で届く様になった。


「……。」


ライオンの隣に顔を並べているマコを見てたら、昔の事が蘇って少し心の中が苦しくなる。


『ねえ、瑞稀?瑞稀はどうしたいわけ?』


昔からそれがマコの口癖だった。


俺は成長するに連れ、『勉強するから』と言う事を理由に自室に籠る事が増えたけど、マコは嫌って程部屋に押し掛けて来てたよな。


『瑞稀、お兄ちゃんに何でも聞きなさい!』
『じゃあ、これ解いて』
『…しゅ、宿題位自力でやれよ!』
『はいはい。分かったから、邪魔しないで?』
『瑞稀ー!』
『おわ!いきなり絡むなバカ兄貴!』
『本当、可愛いよな、瑞稀は!』

大きな掌で俺の頭をわしゃわしゃ撫でる。マコといると、部屋の中が太陽に照らされているかのごとく、何もかもが明るく見えた。


…マコ。

俺はさ、別に両親に…誰にどう思われてようと良かったんだよ。マコが隣に居て笑ってくれてりゃそれで満たされてたから。何があっても『マコが相手だから』って全て流せた。


なのに…。


「…瑞稀?」
「…いや。まだまだ帰って来そうもねえなって思ってさ。マコは。」


傷心な心を涼太に悟られたくなくてそう言って苦笑いしたら「だね。」と涼太も面白そうに笑ってくれて、それに少し心が軽くなる。そこに圭介が仕事を終えてやって来た。


「真人さん帰って来るって?」
「いや…」
「まあでもさ、何か予感はすんだよな~帰って来そうな。何となく真人さんはこういうタイミングで現れそうな気、しない?」
「まあ確かにね…。」


マコの事を話す二人がどこか楽しそう。それがまた嬉かった。マコ自身の事、そして俺にとってマコがどういう存在なのかを、きちんと理解してくれているとわかるから。

そんな俺を圭介が少し心配そうに覗き込んだ。


「…逢いたいよな?真人さんに。」


それにまた苦笑い。
涼太まで少し真面目な顔しちゃってんだもん。
わかってる。二人とも同じ事を心配してくれてんだろう事は。


「まあさ。俺が逢いたいって思っててもね…。」


今の時点で二人の心配を払拭するのは無理そうで、曖昧に切り返して、コーヒーを飲み干す。それによってカップの底の苦みが口の中に充満した。

マコに会いたい。
それはもちろん俺の一番の望みだけど…ね。

溜息ついて目線を下に向けたら、ガーベラの花弁が足下に落ちてるのに気が付いた。


……咲月はマコに会ったらどんな反応すんだろうか。


出会って…『もしも』の場合。
俺は笑って流せんのかな…大学の時みたいに。