◇
出社して専務室に顔を出して用事済ませてから入った社長室。
椅子に腰を掛けたピッタリのタイミングで、ドアがノックされた。
「おはようございます。」
丁寧におじぎをして入って来た上田の表情は心配を纏っている。
「社長、大丈夫ですか?少し寝不足なのでは…」
「そう見える?」
かけていたメガネを外したら、スッと綺麗な指が延びて来てそのまま、指先が目元に触れそうな位置で止まった。
「車を降りて来られた時から目が少し赤いので。目薬、お持ち致しましょうか。」
小首を傾げたらサラリと艶のある髪が横になびき、俺をジッと見つめる瞳が少しだけ揺れている上田。
……本当にイイ女だっていつも思う。
こうやって細やかに気が付くし、色気が剥き出しってワケでもなくて、押さえ込んでるそれが少しだけ滲み出ていて。
「…上田?」
「はい。」
ふっくらとした小振りな唇が少しだけ動く。
一つ溜息をつき、そんな上田に笑顔を向けた。
「目薬、お願いします。」
その笑顔に少しだけ上田の表情も緩む。
「承知致しました。」
綺麗な笑顔を浮かべてしなやかにお辞儀をすると部屋を出て行った。
そのドアを見つめてまた小さく息を吐き出した。
まあ…しょうがないよね。
あれだけイイ女が目の前に居ても、俺の頭ん中はあのドタバタなメイドさんを思い出してるんだから。
『私はずっとここで、瑞稀様のお帰りをお待ちしております。』
…さて、仕事をしますかね。早く帰らないと、少しでも。
気合いを入れ直し、タブレットに目を落としたら、隣に置いてたスマホが震えた。
涼太からメッセージ…。
『瑞稀、今日の夜、時間貰うよ』
普段、三人で話をしたい時なんかは、殆ど圭介を介してのやり取りで、直接涼太が俺にメッセージをよこす“用事”はひとつだけ。
「あー…もう。なんで、よりによって今日なんだよ…。」
不満の矛先は、メッセージを送ってきた涼太ではなく、“用事”の方。
「…バカ兄貴。タイミング最悪だわ。」
掌で遮った視界に、あのクシャッとした笑顔が現れる。
『瑞稀!』
俺を呼ぶ、明るく優しい声も。
溜息でそれを消して背もたれから起き上がり、またパソコンの画面に目を向けて、キーボードを叩き出した。
…まあ、涼太は温室の整備してからくるんだろうし、咲月とも少しは話せるかな。
そんな俺の読みは完全に甘かった。
スケジュールを全てこなし、会社を出たのは既に日付を跨ぐ頃で。
いや、でも着替えの間は咲月と二人きりになれるはずだから…と自分を励ましながら圭介に迎えられ、部屋に入った。
「失礼致します、着替えのお手伝いに…」
「瑞稀、悪ぃ入るよ。」
…同時かよ。
心の中で項垂れながら、「咲月、今日はもういいよ。」と仕方なく言う。それに少し安堵の表情を見せる咲月。
…『パジャマ』と『背中を流す』がお流れになったって今、安心したね?
いや、でも悪いけど今日に限った事じゃないから。俺と居て貰うのは。
丁寧におじぎをして出て行く咲月の事を涼太が面白そうに見守っている。
「あんまりいじめない方がいんじゃない?」
…そう思うなら、わざと咲月の頭に花さすのとか、もう止めてもらえる?と、心の中で思いつつ「あの人面白いからついね」なんて切り返す。
だって、悔しいじゃん。涼太はずっと全部お見通しだって顔で、ニヤケてんだよ?言っとくけどね、その顔、含み笑いしてる時の圭介そっくりだから。
「…で?マコ何だって?」
これ以上咲月の話してたら、涼太のニヤケ顔がずっと続きそうで腕組みした先の指につままれてる封筒に目をやった。
案の定、涼太はニヤケ顔は止み代わりにより穏やかな表情になる。「はいこれ」とその指が差し出したそれを受け取って中身を取り出したら、夕日をバックにシルエットが浮かび上がる砂漠のオアシスの写真が一回り小さな緑色の封筒と一緒に出て来た。
「これ…中東?」
「消印見んと、サウジアラビア?ほら、こっちの写真。」
促されて見た写真には、どこぞのライオンと隣同士で顔引きつらせて写っていた。
「本当にあの人は何やってんだか…」
緑色の封筒を丁寧にペーパーナイフで切ると薄黄色の便箋が一枚出てきた。
『瑞稀、ちゃんと食ってる?!
たまには目一杯体動かして遊ばなきゃダメだよ!ライオンだってサッカーやる時代だよ!』
「あの人…バカにしてんの?」
「や、大真面目でしょ、かなり。」
楽しそうに笑う涼太に俺も頬が緩んだ。
二つ上の兄貴の真人(まこと)。
昔から、自由奔放で、どこか人を振り回す様な感じで。
けれど…
『ほら、瑞稀!手、繋ごう?そこ、危ないから
…ってやっべ!俺が泥水に足突っ込んじゃった!』
俺が多分、この世で一番敬愛している人。
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出社して専務室に顔を出して用事済ませてから入った社長室。
椅子に腰を掛けたピッタリのタイミングで、ドアがノックされた。
「おはようございます。」
丁寧におじぎをして入って来た上田の表情は心配を纏っている。
「社長、大丈夫ですか?少し寝不足なのでは…」
「そう見える?」
かけていたメガネを外したら、スッと綺麗な指が延びて来てそのまま、指先が目元に触れそうな位置で止まった。
「車を降りて来られた時から目が少し赤いので。目薬、お持ち致しましょうか。」
小首を傾げたらサラリと艶のある髪が横になびき、俺をジッと見つめる瞳が少しだけ揺れている上田。
……本当にイイ女だっていつも思う。
こうやって細やかに気が付くし、色気が剥き出しってワケでもなくて、押さえ込んでるそれが少しだけ滲み出ていて。
「…上田?」
「はい。」
ふっくらとした小振りな唇が少しだけ動く。
一つ溜息をつき、そんな上田に笑顔を向けた。
「目薬、お願いします。」
その笑顔に少しだけ上田の表情も緩む。
「承知致しました。」
綺麗な笑顔を浮かべてしなやかにお辞儀をすると部屋を出て行った。
そのドアを見つめてまた小さく息を吐き出した。
まあ…しょうがないよね。
あれだけイイ女が目の前に居ても、俺の頭ん中はあのドタバタなメイドさんを思い出してるんだから。
『私はずっとここで、瑞稀様のお帰りをお待ちしております。』
…さて、仕事をしますかね。早く帰らないと、少しでも。
気合いを入れ直し、タブレットに目を落としたら、隣に置いてたスマホが震えた。
涼太からメッセージ…。
『瑞稀、今日の夜、時間貰うよ』
普段、三人で話をしたい時なんかは、殆ど圭介を介してのやり取りで、直接涼太が俺にメッセージをよこす“用事”はひとつだけ。
「あー…もう。なんで、よりによって今日なんだよ…。」
不満の矛先は、メッセージを送ってきた涼太ではなく、“用事”の方。
「…バカ兄貴。タイミング最悪だわ。」
掌で遮った視界に、あのクシャッとした笑顔が現れる。
『瑞稀!』
俺を呼ぶ、明るく優しい声も。
溜息でそれを消して背もたれから起き上がり、またパソコンの画面に目を向けて、キーボードを叩き出した。
…まあ、涼太は温室の整備してからくるんだろうし、咲月とも少しは話せるかな。
そんな俺の読みは完全に甘かった。
スケジュールを全てこなし、会社を出たのは既に日付を跨ぐ頃で。
いや、でも着替えの間は咲月と二人きりになれるはずだから…と自分を励ましながら圭介に迎えられ、部屋に入った。
「失礼致します、着替えのお手伝いに…」
「瑞稀、悪ぃ入るよ。」
…同時かよ。
心の中で項垂れながら、「咲月、今日はもういいよ。」と仕方なく言う。それに少し安堵の表情を見せる咲月。
…『パジャマ』と『背中を流す』がお流れになったって今、安心したね?
いや、でも悪いけど今日に限った事じゃないから。俺と居て貰うのは。
丁寧におじぎをして出て行く咲月の事を涼太が面白そうに見守っている。
「あんまりいじめない方がいんじゃない?」
…そう思うなら、わざと咲月の頭に花さすのとか、もう止めてもらえる?と、心の中で思いつつ「あの人面白いからついね」なんて切り返す。
だって、悔しいじゃん。涼太はずっと全部お見通しだって顔で、ニヤケてんだよ?言っとくけどね、その顔、含み笑いしてる時の圭介そっくりだから。
「…で?マコ何だって?」
これ以上咲月の話してたら、涼太のニヤケ顔がずっと続きそうで腕組みした先の指につままれてる封筒に目をやった。
案の定、涼太はニヤケ顔は止み代わりにより穏やかな表情になる。「はいこれ」とその指が差し出したそれを受け取って中身を取り出したら、夕日をバックにシルエットが浮かび上がる砂漠のオアシスの写真が一回り小さな緑色の封筒と一緒に出て来た。
「これ…中東?」
「消印見んと、サウジアラビア?ほら、こっちの写真。」
促されて見た写真には、どこぞのライオンと隣同士で顔引きつらせて写っていた。
「本当にあの人は何やってんだか…」
緑色の封筒を丁寧にペーパーナイフで切ると薄黄色の便箋が一枚出てきた。
『瑞稀、ちゃんと食ってる?!
たまには目一杯体動かして遊ばなきゃダメだよ!ライオンだってサッカーやる時代だよ!』
「あの人…バカにしてんの?」
「や、大真面目でしょ、かなり。」
楽しそうに笑う涼太に俺も頬が緩んだ。
二つ上の兄貴の真人(まこと)。
昔から、自由奔放で、どこか人を振り回す様な感じで。
けれど…
『ほら、瑞稀!手、繋ごう?そこ、危ないから
…ってやっべ!俺が泥水に足突っ込んじゃった!』
俺が多分、この世で一番敬愛している人。
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