俺の質問に、圭介は一寸の迷いも無く目を泳がせる事も無く、分かり易く話をしてくれた。

全ては、『俺の為』『咲月の為』そして、『友人の為』


大事な友人から預かった、その友人の『大切な存在』。だからこそ、軽々しく俺に事情を詳しく話さなかった。それがその人に対する敬意。


興味を持った俺に、こうしてきちんと話す事。
それが俺に対する、敬意。

逆に興味を持たなかったら、俺に余計な情報を与えまいと最後まで言わなかっただろう。

そして、このタイミングで話した事。
それが咲月への敬意。

相手が主人であろうと、軽々しくその人の素性を詳しく話さない。聞かれた事だけ、支障の無い程度に答える。

その線引きもタイミングも全て、完璧だと思った。
やっぱり凄いよな、圭介は。俺は幸せ者だわ、こんな凄い人が傍らに居てくれるんだから。


コクの増したカフェオレをまた口に含んだ。

“混ざり合う事で”…か。


「あのさ。因に、その借金っていくら位な訳?」
「詳しい事は…。ただ、彼が持っている財産はあの屋敷以外、全て売り払い、大分少なくなったとは聞いております。」


『屋敷以外全て』…。

咲月が心配するのも無理無いよな。ずっと一緒に幸せに育って来たヤツがいきなり、借金地獄になったんだから。

まあ、『大好き』って言うちょっといけ好かない理由が付いて回ってるけど。


「ねえ、何でその友人は咲月に会いに来んなって言ってんの?仲良く育って来たんだったらそこまで頑に拒絶しなくてもさ…」
「それは…私の方では分かりかねます。」


何かひっかかるんだよな…。
この引っかかりが何なのかが、いまいち自分でも分からないんだけど。直感が働いたとでも言うべきか。とにかくその『兄貴』の言動がどうしても解せない。


「次にその人に咲月が会いに行く時、圭介がついて行ける?」
「瑞稀様のご命令とあれば何とか時間を調整致します。」


やっぱり、まずは、『今現在の主人である俺が逢いに行くのを許した』事で、その『兄貴』がどう言う反応をするのか。


そこを、確かめないと。


……と、なると。
次に会いに行く時に圭介に同行してもらう故を咲月に話をしないといけないよな。まあ、今日はここに帰ってこれそうだから、夜にでもゆっくり話すか。




圭介がコーヒーを下げてくれて、部屋から退室した後、仕度を始めようと背伸びをした所に遠慮がちなノック音と共に咲月が現れた。


「おはようございます。お召し替えのお手伝いに参りました。」


その頭には一輪のガーベラが飾られている。


涼太…だよね。


咄嗟に心の中で苦笑い。


いや、いいんだけどさ。俺の勝手なモヤモヤだし。
だけど、まあ…ね、ほら一応さ、そう言う仲にもなった事だしね?
釘、さしとくか、これ。

クローゼットを開いて中に入ってく咲月を追いかけてって後ろから包み込み、後ろ手でクローゼットの扉を閉めて鍵をかけた。

途端に室内に広がるガーベラの香り。


「…おはよう。」
「お、おはようございます…」


みるみるうちに真っ赤になってく首筋に唇を付けたら少し肩が揺れた。


「あ、あの瑞稀様…お召し替えを…」
「咲月が俺じゃない男と仲良くしてたみたいだから、それどころじゃない。」
「な、仲っ?!…んんっ」


驚いて顔だけ振り返った咲月の唇を捕らえると肩を軽く押して正面に向けた。


「…ガーベラ。涼太に挿して貰ったんでしょ?」
「は、はい…。瑞稀様がガーベラをお好きだと、涼太さんが。あまり気に入って頂けませんでしたか?」


俺の腕の中で、伺う様に見上げる咲月の頭で咲いているガーベラに軽く触れた。


「いや?ガーベラは結構好きだよ?」


だけど、気に入らないのはそこじゃないから。


「だからさ、今度から、髪にささないで、一輪挿し貰っといで?俺も髪に花つけるの、そこそこ上手いと思うから。」


意味が分かったのか咲月の真っ赤な顔が更に赤く染まる。


まあさ、男なんて、ハマッちゃえば独占欲の塊なんだよ。

例え、花をさすって行為だけでもね、気に食わないわけ。

“お前に触れていいのは俺だけでしょ?”ってね。



「…今日さ、ちょっと遅くなるけど日付跨ぐ前には帰れるはずだから」


自分の言動と思考が何かちょっと気恥ずかしくなって、思わず身体を強く抱きしめ直した。


「…はい。」
「また部屋においで?」


肩に顎を乗っけたまま、首筋に唇くっつけたらまたピクリと身体が揺れて熱を帯びる。


「ちょっとね、話をしたいなーってね。」


そのまま『俺の』ってシルシ付けたい衝動を抑えて身体を離したら、咲月は待ってましたとばかりに俺から離れてネクタイを取り出す為に引き出しを開けに行く。


「お、お話…ですか?」


もっとさ…『寂しい』って顔とかして欲しいんですけど。


「今晩ゆっくり話すよ。」


襟を立てた所にネクタイを通す為にまた真正面に来た咲月を腰から捉えた。


「ちゃんとパジャマでくんだよ」
「えっ?!パジャマ?!」
「何、見せられないの?俺には。」
「そ、そう言う訳では…えっと…」


分かってるよ、『メイドだから、ご主人様の部屋に泊まるなんて言語道断』でしょ?でも、そんなの俺は許さないから。明日の朝まで一緒に居て貰う、絶対。


「あ、その前に、風呂で背中でも流してもらおっかな。じゃあやっぱりそのメイドさんの服のまんまでいいや。パジャマ持参ね?」
「お、お、お風呂…」


…あれ?ちょっといじめ過ぎた?
何かすんごい涙目でひっくり返りそうなんだけど。


「…お、帰、りをおおお待ちしております。」


綺麗に結ばれたネクタイとは裏腹に


「セリフが辿々しい。」
「えっ?!あ、あの…しょ、精進致します…。」


尻つぼみの言葉に思わず頬が緩んだ。


…『精進』って。
ダメだ。浮かれすぎてるわ、俺。反応がいちいち嬉しい。

腰を再び抱き寄せそのまま唇を塞ぐ。


「…行って来るね?」


付け合ってるおでこが凄い暖かく感じて


「行ってらっしゃいませ…」


咲月の言葉に心の中がフワリと軽く浮かび上がった。


今日はちゃんと帰って来ないとな。話をしなきゃいけないって事もあるけど、なんせ昨日の今日だから。
今日、一緒に過ごせるかどうかは、結構大事だって思うんだよな。