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薄暗い部屋の中、今まで横たわった事も無い様なフワフワな温かいお布団の中、瑞稀様の腕に包まれている。

現実と捉えきれない中、心地好い疲労感に酔いしれる。


優しく髪に通される指先を感じながら、少しだけ汗ばんでいる瑞稀様の鎖骨におでこを付けた。


「…咲月が選んでくれたんだってね、もみの木。」


目線を少し上げたら、瑞稀様の肩越しに見えたクリスマスツリー。虹色のイルミネーションが綺麗に光を放ち、部屋を彩っていた。


『咲月ちゃん!クリスマスツリー飾ろ!』


昔の思い出が過り、目頭が熱さを覚える。視界が不意にぼやけて、光が無数の大きな煌めきに変わった。


「…咲月?」


途端、目元を拭われて、おでこ同士が触れあう。瑞稀様の体温が私に伝わり、“今”に思考を戻された。

瞼を伏せ、温もりを頼りに瑞稀様の背中に腕をまわして引き寄せる。そのまま、ポツリと呟く様に口を開いた。


「…前のお屋敷でもクリスマスツリーを飾っていました。生木では無かったけれど。
ご主人様と、お母さんと…ご主人様の息子さん。
凄く、凄く楽しかった。」




『ほら、咲月、一番上にお星様のっけなさい』
『わーい!ありがとうございましゅ!ごしゅじんたま』
『こ、こら…。申し訳ございません…。肩車など』
『なあに、この位。な、智樹?』
『うん!咲月ちゃん、お星様の次はモール巻こう!』


あの頃は、ずっとあの時間が続くんだって、当たり前の様に思ってた…


「お母さんが死んで、ご主人様が死んで。それでも息子さんの…智樹さんの傍らに居られると思っていたんです。
智樹さんは、ずっと、物心ついたときから一緒に居た、私にとって兄の様な存在だったから…。
でも、ここに勤められることが決まった途端に『もう会いに来るな』って…。」


言葉を紡いで行く中で聞こえた、不鮮明な視界の向こうの瑞稀様の溜息。
それに少し心の中が不安になったら、私を覆う腕に力が籠って頭を少し撫でられた。


「……そっか。」


静かな一言が温かく感じて、自然と涙が溢れ出る。


「…智樹さんは『新しいご主人様に仕える身なんだから』と言ってました。
だけど、どうしても…それが受け入れられなくて会いに行きました。
申し訳ありません。瑞稀様に失礼な事を言っているのは分かっています。けれど…」


言葉がそこで詰まってそれ以上出て来なくなった。


…智樹さんの言葉を消化出来なかったのは自分の身勝手な弱さだって自覚もしている。前のお屋敷のご主人様が亡くなり、お母さんも死んでしまい『これ以上大切な人を失いたくない』と恐くて、身勝手に必死にあがいてるんだって。


瑞稀様だってこんな事突然言われても困るよね。こうして最後まで話を聞いて下さっているだけでも凄いと思う。


『何言ってんの?失礼極まりないよ』


そう言われてこの温もりを解かれてしまっても仕方ない。自分がそんな話をしているのもわかっている。でも…それでも聞いて欲しかった。
知っていて欲しかった。

瑞稀様に、お伝えしないのは違うと思った。


「…咲月?」


不意に名前を呼ばれたら、唇がフワリと重なって、目元をまたキュッと拭かれた。


「まあさ…会いに行ったら良いんじゃない?これからも。その…『兄貴』?に。」


え…?
驚いた私に苦笑いを浮かべる瑞稀様。


「い、いいんですか…?」

「いや、ヤダよ。かなり、ヤダ。
『好きつっといて何だよそれ』ってかなり思ってる。」


抱き寄せられて、首筋にフワリと瑞稀様の唇がついた。


「でも、智樹さんは『大切な人』なんでしょ?
まあ…俺は、『好き』ってだけみたいですけど」

「え?!あ、あの…」


思わぬ言葉に引き気味になった腰をグッと引き寄せられて、今度は耳たぶにその唇が付く。


「…智樹さんの方が好き?」


フッと吹き込まれた吐息に思わずキュッと身体が反応する。


「ち、違います…た、確かに、智樹さんは大切な人だし、大好きですけど…」
「ふーん。俺は『好き』で智樹さんは『大好き』ね。」


イタズラに、その唇が耳を這い、付け根に着いてから、耳たぶにその舌先が触れた。

「や…っ!み、瑞稀様…」
「ダメ。やめない。咲月が俺じゃない奴が好きつってるから。」


…と、智樹さんへの想いと瑞稀様へのそれは違うのに。

それを…説明したつもりだったんだけど…伝わらなかった…って事…かな?これ。じゃあ、どう説明すれば良いんだろう。
確かに憤慨される覚悟はしていたけれど、あらぬ誤解は嫌…。

私は…瑞稀様が好きで…ずっと、ずっと、瑞稀様の事を最近は考えてばかりで…。
それは、メイドとしてじゃなくて…。


「ち、違うんです…み、瑞稀様…」
「何が違うんだよ。」
「わ、私は…えっと…その…っ!」

再び這い始めた瑞稀様の指先と唇に翻弄されながら、少ない思考能力とボキャブラリーで懸命に考え、追い詰められていたんだと思う。

咄嗟に出てきた言葉。


「だ、だから…瑞稀様の…なんです、私は!」


ああ…勢い余って、わけの分からない事を。
何よ、『瑞希様の』って。


ピタリと動きを止めて一瞬目を見開いた瑞稀様は含み笑いで「ああ…なるほどね」とおでこを少し擦り寄せた。


「い、や、あの…ですね。」
「『違うんです』?」


口角をキュッとあげて微笑むその表情にキュウッと胸が掴まれた。


…ああ、もう。


「…違いません。」


瑞稀様は満足気な表情で「だよね」と腰から再び私を引き寄せ直した。


「じゃあ、これからも『智樹さん』に会いに行ったら?」

「でも…。」

「じゃあさ、聞くけど、俺が『ダメ』って言ったら、もう一生会わなくて咲月は大丈夫なの?
その程度なわけ?咲月の『大切』って。
昨日泣いたのだって、どうせそいつが原因なんでしょ?
と、言う事は、俺はその程度の『大切』に振り回されてたわけ?昨日、今日と。」

「そ、それは…」


躊躇した瞬間にフワリと唇が重なって柔らかい優しさに包まれた。


「…俺は、まあ当然咲月では無いわけでね?
あなたがどういう生活をして、どんな歴史を辿って来たかなんて知らないから。
だからどれだけその『兄貴』を大切に想っているかなんて理解出来ないわけ。
それを無責任に『ダメ』とは言えないでしょ?当然さ。」


頭を優しく撫でる瑞希様の煌めき多い瞳がどこか寂しさを纏った気がした。


「手の届く所に…会いに行ける所に、大切な人が居るって幸せな事だって俺は思うよ?」


私をその瞳に映し出してる様で、どこか遠くを見ている様な、そんな表情。

抱きしめ直され、その寂しさが何となく身体に染みて来た。

瑞稀様…誰かを思い出している…のかな?



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