「おかえりなさいませ、瑞稀様。お疲れ様でございました。」


圭介が車のドアを開けてくれた、夜。


…帰宅時間が、大幅に遅れたな。この際、もう一泊ホテルでも良かったんだけど。そうすりゃ、咲月も俺に会わないから気まずい想いしなくて済むんだし。


そんな事を考えながら玄関へ足を踏み入れてすぐ、にじいろのイルミネーションを纏ったクリスマスツリーが目の前に飛び込んで来た。

そっか…もうすぐクリスマスだよな。


「少し照明を落としておりますので、足下にお気をつけ下さい。」


圭介が立ち止まってその光を見ていた俺に入る様に促す。


「このもみの木とダイニングは涼太による選別ですが…今年は鳥屋尾が瑞稀様のお部屋のもみの木を選んだんですよ?」


もみの木を…選んだ?
しかも、あんな事があったのに…俺の部屋のを?


思わず圭介を見たら、品の良い笑みを浮かべる。


「鳥屋尾は今、瑞稀様のお部屋で飾り付けをしていると思います。」

「ああ、あの人急がしそうだから、昨日、『着替えは来なくて良い』って言ったから…」

「…そうですか。では、お茶の仕度をしましたら、私が参ります。」


そのまま一礼をして去って行く圭介に溜息。

…あの顔は、俺が咲月を避けたいってわかってて言ったよね、絶対。
全く…いつも圭介にはお見通しで嫌んなるわ。


いくら広い屋敷ん中っつったって、5分もかからず部屋には到着するわけで。自室にも関わらず、トビラを開ける事に躊躇した。

何となく、音を立てない様にそっと開けたドア途端に聞こえて来たのは『ジングルベル』の鼻歌で、立派なもみの木の前には綺麗な微笑みを浮かべながら楽しそうにオーナメントを飾る咲月の姿。


……何だあれ。


少しは気にしているかと思っていたのに、まるで昼間の事なんて無かったみたいな雰囲気。咲月にとってはあんなの『何かあった』うちに入らないって事なわけ?あなたにとっては“気まぐれな主人の行動の一旦”って事?

どこまでも“メイド”であって、どこまでも…俺は主人ってくくりからははみ出ない…。それとも……もう…きれいさっぱり、こことはおさらばしようって?

ああ、そういう事ね。
それなら納得できる。

咲月程優秀なメイドなら、どこだって雇った先はラッキーだろうしな。辞めますと言えば、圭介は絶対に無下にしない。今までもの辞めて行ったメイドもそうだったけれど、きちんと次の所を紹介して送り出すから。

心機一転…違うところで働けることが決まっているから、あの…機嫌の良さ…

心の中に暗く靄がかかる。嫌な予感に苛まれたら、思わず、勢い良くドアを開けていた。


「っ!お、お帰りなさいませ…」

俺の突然の登場に、頭を下げるとポケットからスマホを取り出して慌てて確認している。

もしかして、俺が帰って来るって圭介から連絡来てないとか?


まあ…それはどっちでもいいよ。


とにかく、咲月自身(・・・・)が、俺を『何とも思っていない』って事がわかったから。


「も、申し訳ございません…すぐに片付けいたします。」

「うん、そうして。もうすぐ薮が着替えの手伝いに来るから。」


そう言ったら、片付け始めた手がぴたりと止まって、俺をジッと見る


…何でそんな潤んだ瞳、すんだよ。


何?
俺の機嫌とりたいの?

『ご主人様』だから?
そう言うの、ウンザリだから。

溜息ざまに背中を向けて、クローゼットに向かったら


「あ、あの!お時間を頂けませんか!」


突然、そう、背中から言葉を投げかけられた。


「お忙しいのは承知をしておりますが…お話をする時間を…5分だけでも…」


言葉を押し出す様に辿々しく話す咲月のオーナメントの箱を抱える腕が震えている。

ああ…やっぱりそう言うことね。

“こことはおさらば”


…雇っておいてなんだけど、今、聞きたくないわ。
咲月の口から、そんな類の言葉。


「あのさ、俺に何か話があんなら、薮にでも伝え…」
「瑞稀様に直接お話をしたいんです!」


俺の言葉に被せ気味で答える咲月。思わず目を見開いた。


や…驚くだろ。

だって…キスをしようとしても、リアクションをしなかった咲月がだよ?
初めて俺の言葉に逆らった。



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