「ねえっ!そろそろいいの?登場して!」

「あっ!何やってんだ、真人!」


…え?
ま、真人…様?

防波堤の向こうから、サラサラな髪をした頭を押さえ込む、顔の若干濃い人。


…真人様と涼太さん?


「あ~…ほら、バレちゃったじゃん。」


け、圭介さんまでいる…


「向こう行って時間つぶしてろつったのに…あの人達、趣味悪過ぎでしょ。」


眉下げた瑞稀様に、勢い良く飛び出して来た真人様がそのまま「咲月ちゃん、久しぶり!」と私に近づいて来たら、その間にさりげなくスッと身体を入れる瑞稀様。


「あ~!瑞稀!可愛い!」

「わっ!やめ、やめろ!」


長い腕が瑞稀様と私をいっぺんに抱き寄せた。
そんな真人様のハグを半ば諦めて受け入れたまま、瑞稀様が眉を下げた。


「…咲月さん、もう1人会わせたくないけど、会わせなきゃいけない人が居るんだけど。」

「え…?」


小首を傾げたら「ほら」と圭介さんに促されてテトラポットの陰から気まずそうに現れた一人の男性。


「と、智樹さん!」

「お、おう…久しぶり。」


シドロモドロで私にぎこちなく挨拶をするその姿にまた視界がぼやけた。


でも…どうしてここに…。


「俺達、これから会社起こすからさ、永井さんにもアートデザイナーとして、立ち上げに携わって貰おうかと思ってね。
何かさ、瑞稀も圭介さんもこの人が相当好きみたいだから、提案してみたんだよ。」


涼太さんが楽しげに笑いながら、そう言う。


智樹さんが…瑞稀様と働く…?


「あ、あの…。」


少し照れくさそうにはにかんだ智樹さんが私の頬に指を当てて、涙を拭った。


「咲月ちゃん、また一緒にいられんね」


その顔がまた簡単に滲む。
本当に…夢みたい。


涙を拭うのも忘れて笑ったら、髪の端を少しだけ持ち上げる智樹さんの指。


…何か、懐かしい感覚。


「咲月ちゃん、ちょっと頭、残腹だね。」

「あ…自分で切ってます今は。」

「そか。んじゃ、これからは俺がまた切ってあげるよ。」



昔と変わらない…大好きな『智樹さん』だ…。


「髪は美容室で切らせますんで、いらぬ心配です」


智樹さんが触れた髪を瑞稀様が横からさりげなく外す。


「それから、『一緒に居られ』はしませんよ?
咲月は別に俺達の会社で働くわけじゃないし。俺と一緒に暮らすんだから。」

「え…?」

「忘れたの?あなたは俺のだけど。」


「ほら、これ」とピラリと見せられたのは、いつぞや私が作った手書きの借用書。


「あ、あの…それ…なぜ…。」


だ、だって、確かにあの時破って…。


「咲月に返した借用書は偽物。筆跡真似て上田に作ってもらったやつ。」


驚いている私を口元を腕で隠して笑ってる瑞稀様。


「や、借金の借用書が咲月的に必要ならいくらでもこっちで作ったんだけどさ。
何か、咲月が面白いもん作って来たな~って思ったら、貰いたくなっちゃって。
この不細工な借用書。」


ぶ、ブサイク…。


「こんなの、佐治郎じいさんの手紙と一緒。法的にあんまり価値はないでしょ。」

「…そ、そうなんですか。」

「だけど、ほら、咲月の話にのっかろうって決めてたわけだし。それに…。」


借用書で口元を隠すと、含み笑いを始める瑞稀様。


「万が一、咲月が浮気してた時の脅しの材料になるかな~って思ってね。」


ヒラヒラと楽しそうに借用書を羽ばたかせてからびりびりと破いてみせた。


「…ま、いらなかったけどね、結局。こんなの無くても、俺のだもん。」


ああ…もう…。
また涙が溢れて視界がぼやける。


「はい、皆さん、回れ右。」


圭介さんが、「えー?」って言ってる真人さんの背中を押しながら、そんな事を言い出して、片腕で口元隠して含み笑いした瑞稀様の「だとさ」と面白そうな声の後、また大好きな温もりに包まれた。