「誰がどう言おうと、僕の甘さの責任です。
数年前のあの時も、今も、もっときちんと、父ともそして、小夜ともコミュニケーションをはかるべきだった。
それを曖昧にしてやり過ごして来た。その結果が今だと。
小夜や父とケンカをしたわけではありません。ただ、今の俺には心に決めた人が居て、どうしても小夜とは結婚出来ない。
こうして取りまとめて下さった鈴木さんと父に対して、そして何より小夜自身に対して、俺なりの誠意として、取った行動です。」


潔く頭を下げる瑞稀の姿。
それを隣でただ、黙って聞いている真人の姿。


そんな二人に、少しだけ目頭が熱くなる。
…二人とも、成長したわね、私達が知らないうちに。


「…小夜との事が無くても、俺はいずれ谷村家を出るつもりで居ました。
ただ、出た先での事を考え、土台をじっくり固めてから行動に移そう、そう思っていたので、5年か十年先の予定で。その間は谷村グループの傘下で色々な事を学ぼうと言う考えではありました。」

「今回、俺も初めて二人からそれを聞いてな…条件をつけさせてもらった。」

「条件…?や、その前に二人って…。」


鈴木会長が少しだけ目を細めた。


「ああ、瑞稀だけじゃない、真人も出て行くんだ。
条件と言うのは、谷村家の名を使わずに稼いだ金以外は全て置いて行く事。」

「な…っ!お前、良いのか?!」

「当然だろう、谷村家を出るんだぞ?小夜ちゃんにも迷惑をかけたんだ。」

「そ、それはそうだが…。真人くんまで…。」

「俺は、瑞稀と一緒に居たいから!それだけ。
大学の時に家飛び出した時も、ほぼ無一文だったから、慣れてるしね~。鈴木のおじさん、心配してくれてありがとう!」

「あ、ああ…。」

「竜助…本当にすまない。俺と瑞稀がしっかり意思疎通出来ていればこんな事にはならなかった。」


もう一度頭を下げる主人に、戸惑う竜助さんと小夜子さん。


二人とも次に何を話せば良いのか、言葉を少し失っている様子で先に口を開いたのは蓉子さんだった。


「それで…小夜?どうするの?」


まさか自分に投げかけられるとは思ってもいなく、驚いた小夜ちゃんが肩をビクッと揺らす。


「周囲がどう言おうと、どんな状況にあろうと、決めるのは本人だと私は思います。
今回の件は、確かに、小夜の顔、そして、父の顔に泥を塗る結果になりました。
しかし、それについての誠意は、二人の息子を手放すという、谷村会長の苦渋の決断と、瑞稀君の決意で充分伝わっているわけですよね?お父様。」


眉間に皺を寄せて少し震えていた鈴木会長が、真一文字にしていた口をゆるめ溜息をついた。


「…まあ、発表前の水面下の事だったしな。」

「そんな、お父様、私は…。」

「…小夜、すまなかった。私達の感情に振り回して。だが、お前に幸せになって欲しいと願う愚かな親父だと思って許してはくれないか?」

「私の…幸せ?」


目を見開いた小夜ちゃんの肩にそっと蓉子さんが手を置いた。


「当然でしょ?私達は家族なんだから。
お父様もお母様もあなたの幸せの事をいつも考えてるわよ?
…特に、あなたはどこか危ういから」

小夜ちゃんに優しく蓉子さんは微笑む。


「…他の方が居る前で身内を褒めるのも気が引けるけど、この際だから言わせてもらう。
お父様もお母様も…私も。ずっとあなたに骨抜きにされて来たの。
あなたは、赤ちゃんの時から、愛らしくて。
お父様なんて、瑞稀君以外の男子、片っ端からバリア張っちゃって。」

「む、昔の事だろ。今は違うぞ。」


小夜ちゃんに目線を向けられて、気まずそうに慌てた竜助さんがごほんと咳払いしたら、隣の奥様が、そっと手を包み込んだ。


「…そうですね、今は少し後悔してるから。
もっと…あなたに沢山広い世界を教えるべきだった、って。そして、もっとあなたの考えを聞くべきだったと。」


…どこの家にもきっとある、気持ちのすれ違いは。
だけど、こうやって、話してみると、深い想いが合ったりするのかもしれない。



「瑞稀君と谷村会長の決断はもう覆らないと思う。
その上で、今、もう一度瑞稀君と話して来なさい。
そして、あなたの決断をまた聞くわ。
安心して?あなたの決めた事を、ここに居る全員が支える。」

「お姉ちゃん…。」


小夜ちゃんの綺麗な瞳が揺れて、ポタリと一つ涙がこぼれた。


瑞稀が小夜ちゃんに、ハンカチをスッと差し出すと、優しく笑う。


「小夜…行こっか。」



『信じてるから』


…きっと瑞稀は小夜ちゃんの欲する本質がどこにあるのか、見抜いてたのね。
小夜ちゃんは、守られたかったんじゃない。自分の存在を、ただ、認めて、肯定してほしかっただけなんだと…。



瑞稀を困らせて、頑なにその刃を向けたのも全部、それを叫んでいただけなんだって。

そして、今日の話し合いで、こう言う展開になる事も、私達の仲の良さを考えれば成り行き的には分かりきっている事で。だからこそ、『必ず両家全員で』って指定したし、全て事が決まってから竜助さんに話をしたいと言った。


部屋を出て行く二人を見つめてたら、蓉子さんがフワリと笑う。


「皆さん、お立ち下さい…これでは、おいしいお酒が飲めませんわ。」

「竜ちゃん…。」

「健ちゃん!今日は健ちゃんのおごりだからな!」

「お、おう、もちろん!」

「やった、父さんの奢り!」

「真人、お前は自分で払え。」

「えー。」

「真人君、一番高い酒を開けようじゃないか。健ちゃんのおごりで。」


三人の会話に思わず奥様と蓉子さんと笑い合った。


…きっと、ただ見守り何も口を出さずに居た奥様と、私達が語り終えてから口を開いてくれた蓉子さんは、瑞稀の思惑はお見通しで、そこに乗っかってくれたのね。


「おばさま?今日は、江ノ島近郊で取れたお魚が料理されるらしいですよ。」

「そっか、由岐さんはお魚が大好きでしたね!」


絶やさない二人の笑顔に、心からの感謝の念を沢山抱いた。