「お待ちしておりました。」


早朝、まだ咲月が眠ってるのを確認してから降りていったロビー。


圭介と上田がラウンジで待機していた。


「両者とも手はずは整っております。」

「ありがとう。じゃあ、行こっか、上田。圭介、後はよろしくね。」


「かしこまりました」と二人同時に会釈。

その綺麗な所作に、俺の気持ちも一層引き締まった。


…もう、ここまで来たら後には引けない。
前を見るしかないから。



『メイドに手を出すのだって相当勇気いるんだよ。』


昔咲月に言った言葉を思い出す。


『覚悟』なんて、あの瞬間からきっと決まってたんだよ。


こう言う事になったら腹をくくるって…。


車のドアを開けてくれた圭介が、ニッと唇の片端をあげた。


「…いってらっしゃいませ。」

「うん。ありがとう。」



バタンと閉まるドア。
隣に乗り込んだ上田が少しだけ心配の色をその表情に見せた。


「…上田、ありがとう、長い間。改めてお礼はさせて?」

「いえ…私など、あまりお役に立てませんで。」

「そんな事ないでしょ。上田が居なかったら今の俺はあり得ませんから。」


俺の言葉に目を見開いて、瞳を潤ませる。


珍しく表情が変わった…。

少し驚いた俺に気が付いたのか、咄嗟に俯いて目元を拭うと、また顔を上げた。


「…光栄です。社長にそう言って頂けるなど夢にも思いませんでした。残りの期間も引き続き精一杯勤めさせて頂きます。」


この人…本当にモテるんだろうね。こんな何つーか、色気がある割に隙もあってさ…。


「上田って彼氏いんの?」

「はっ?!」


…『は?!』って言った?今。


「あ…いえ…。」


急に顔が赤くなって困り顔。


「や、ごめん、今のはセクハラだわ、完全に。」

「い、いえ…その…大丈夫です。私など…お相手の方はきっと目にもとめてらっしゃらないかと…」


…好きな人が居るって言っちゃってるじゃん。


「ふ~ん…幸せ者だね、そいつ。」

「幸せ?!まさか!不幸の始まりとしか思えません!」

「や…不幸って…。」


…いちいち反応が新鮮なんだけど。
まさかの、弱点が恋バナって…。


口元隠して笑う俺に、上田は顔を赤くしたまま苦笑い。
「ご勘弁を」そう言うとタブレットに目を落とした。