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夕飯の仕度で慌ただしく動く厨房の中
「咲月ちゃん!ごめん、圭介さん所にフォークとお皿届けてくれる?足りなかったって!」
「はい、了解です!あ、波田さん、そっちのワゴン運んじゃいますね。」
「おう。今日、ちょっと崩れやすい料理だから気をつけて…。」
振り返った波田さんが、フライパンを動かす手を一瞬止めた。
驚いてるその表情に私と坂本さんも動きを止めて入り口へと振り返る。
「小夜子様…。」
「今晩は。」
柔らかい優しい笑みを浮かべて、小夜子さんが厨房へと入って来た。
「鳥屋尾さん、今、よろしいかしら。少しお話がしたいの。時間はそれほど取らせないわ。」
「い、今…ですか?」
困ったな…今、やらなければ行けない事が沢山あるんだけど…。
「も、申し訳ございません、今は夕飯のお仕度をさせて頂いておりまして…。」
「私と二人で話すのがそんなに嫌なの?」
『後ほどお部屋に伺わせて頂きます』と言う言葉を遮って、降って来た言葉。
小夜子さんのその表情が少し歪んだ気がした。
「私、瑞稀の話、いっぱいするもんね。それが嫌なんでしょ?」
「あ、あの…。」
「だけど、私はあなたと違ってコソコソなんてしてないよ?」
ドキンって大きく鼓動が跳ねた。
小夜子様…知って…。
「…咲月ちゃん、とりあえず、奥の部屋で休憩していいから。」
「そうね、私が圭介さんの所にワゴン運んでくるわ。小夜子様も、狭い所で申し訳ありませんが、よろしければ、奥の従業員の休憩室へどうぞ。」
波田さんと坂本さんが私をフォローする様に動き出す。
それに促されて、震えの起こる足を、小夜子さんと共に動かした。
従業員の休憩場所に入り、座卓を挟んでお互いに正座で座る。
…どうしよう。
瑞稀様にはもう少し黙っててって言われたけれど…。
知っていらっしゃるなら黙ってる意味は無いし、この期に及んで嘘をつくのも違う気がする。
目の前に座る小夜子さんの真顔の表情に少しだけ恐さを覚えて背筋がゾクリと音を立てた。
思わずのど元をゴクリと鳴らした私を口元だけでクスリと笑う小夜子さん。
「…大丈夫よ?
そんな、ドラマじゃあるまいし、私、あなたを刺したりなんてしないわ。」
「あ…いえ…」
「…でも、がっかりはしてる。
言いにくい状況ではあったかもしれないけど、教えて欲しかったかな、鳥屋尾さんの口から。
だから私、わざと瑞稀の話をいっぱいしたのに、最初の日。」
最初から、ご存知だったんだ…ということは、小夜子さんは、瑞稀様と私が付き合っていると分かっててここへ来たって事だよね。
…それだけ、覚悟を持って。
ギュって胸が苦しくなったら少し目頭が熱くなる。一歩身体をさげて、そのまま、ゆっくり頭を下げて、おでこを畳に付けた。
これで許されるなんて到底思っていない。
だけど
きっと、『嫁になる』と決めてこの家に来て、瑞稀様と私の関係を分かっていて、ずっとああやって笑顔で穏やかに過ごされてたなんて、辛かったに決まっている。
『瑞稀様と付き合ってます。別れません。』
そう私がハッキリ言って、険悪になった方がずっとずっと楽だったはずだもん。
…この人の方が、よっぽど『覚悟』が出来ている。
「…申し訳ございません。
いずれはお話をしなくてはと思っていたにも関わらず、その機を先延ばしにしてしまっていました。
いずれは瑞稀様の元を去ろうと思っていましたが…私の覚悟が足らないばかりに、それも出来ず。」
顔を上げて、小夜子様の瞳を捉えた。
「…どうしても、瑞稀様から離れる事が出来ませんでした。」
「……。」
圧力を感じる眼差しに、出来れば逃げたいと思った。
今、このお屋敷の中には、瑞稀様も居る、圭介さんに連絡をすれば、きっと対応してくれる。
だけど
私自身がこの圧力を受けなければいけない。
全ては…私が引き起こした事なんだから。
「…瑞稀様とお会いしたのは、10ヶ月程前私がこのお屋敷にメイドとして雇って頂いた時になります。
お付き合いは…半年強ほどさせて頂いております。」
正座している足の上で、拳をギュッと握りしめた。
「ご主人様を好きになるなど、御法度もいい所だと言う事はわかっています。
でも…私の中で、瑞稀様はとても大切な存在なんです」
そこまで話した私をジッと見ていた小夜子様の綺麗な唇が突然弧を描いた。
「…そう。
『大切な存在』なのね。あなたも辛かったわね。立場が全然違うんだもの、苦労したでしょ。色々と。」
な、何だろう…怒っていらっしゃらないのかな…。
躊躇したら降って来た言葉。
「…瑞稀もそんな健気なあなただから、きっと手放したくないんでしょうね。
大金を払ってまで。」
……え?た、大…金?
一瞬耳を疑った。
「あら、ごめんなさい。瑞稀には『黙ってろ』って言われてたんだ。
あなたがあまりにも真っすぐだから、つい口が滑っちゃった。」
「あ、あの…。」
少し身を乗り出した私にニコリと笑顔を向ける小夜子様
「瑞稀ね?あなたの事、佐野智樹って人から大金を出して買い取ったのよ?」
佐野…智樹?
『咲月ちゃん…』
脳裏に蘇る柔らかくて大好きな笑み。
どういう…事?
目の前が一瞬真っ暗になった。
「佐野智樹って人があなたの身代わりで借金背負ってたみたいでね?
あ、元々はあなたのお父さんが作った借金みたいだけど。完済したらあなたと結婚出来るって条件で、佐野家が借金を引き継いだみたい。
で、それを知った瑞稀が返済する権利を買い取って、完済したのよ。」
嘘でしょ…何それ。
私…何もしらない。
お母さんも、前の旦那様も、智樹さんも…そんな事一言も…。
「まあ、瑞稀的にも知られたくなかったんだろうね、あなたに。
だって、あなたのお父さんの起こした会社潰して、借金背負わせたの、瑞稀のおじいさんだから。」
瑞稀様のおじいさまが…?
小夜子さんの口から次々と発せられる衝撃的な言葉が受け止められない
ただ、ただ、全身が震えてた。
「まあ…それはもう過ぎた事だしさ、瑞稀が考えてやった事なんだろうからいいと思うんだけどね?
でもさ、いくら大切に思っているっていったって、本人に内緒で大金のやり取りをするなんて、ちょっと…と私は思うの、第三者として。」
絶句してただ、小夜子さんを見ている私に余裕の微笑みが返って来る。
「そろそろ、目を覚まさないと、とんでもない事になると思う。
瑞稀は今、あなたに夢中になりすぎて、全てを見失ってるのよ。
そうじゃなきゃ、『この家を出て行く』なんて言わないでしょ?」
い、家を…出て行く?
「瑞稀ね?さっき私に話したのよ。
会長職は辞退して、社長もやめて会社も辞める。その上で、谷村家を出て行くって。
全てはあなたと一緒に居る為に。」
そ、そんな…。
「おじさまも相当怒ってらっしゃるみたいでね
自分で稼いだ財産以外は、すべて置いて行けって言われたみたいで。あなたに費やしたお金が瑞稀のほぼ全財産だったみたいで、無一文同然で家を出なきゃいけないみたい。」
もはや、震えさえ止まる。
息をしているのかも分からない。
何をどう…理解すれば良いのかも分からない。
ただただ…ぼやけてる視界に瑞稀様の笑顔が鮮明に浮かび上がる。
『咲月は何も心配しなくて大丈夫だから』
瑞稀様…。
「ねえ、あなた、本当にそれで良いと思う?
瑞稀がそんな事して、あなたは満足?」
小夜子様の言葉が直接頭と心に響いて来る。
「瑞稀が居なくなったら、今の会社はどうなるの?
大会社の社長が何の前触れも無く、女一人の為に突然会社を辞めて、約束された会長の座も辞退…。
そんな事になれば、谷村グループ全体の信用だってどうなるか。」
そうだよ…。
上田さんだって言ってた。
『社長は会社にとって、必要な方です』と。
瑞稀様は、皆に必要とされている方なのに。
そんな事…して良いわけがない。
流れる涙をそのままに再びギュッと拳を作った。
次の瞬間
「…どうやら、わかってくれたみたいね。」
ハンカチで優しく目元が拭かれる。
視界がクリアになったら
「あなたなら、目を覚ませると思う、瑞稀の。」
小首を傾げる小夜子さんが柔らかい笑みを浮かべていた。
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夕飯の仕度で慌ただしく動く厨房の中
「咲月ちゃん!ごめん、圭介さん所にフォークとお皿届けてくれる?足りなかったって!」
「はい、了解です!あ、波田さん、そっちのワゴン運んじゃいますね。」
「おう。今日、ちょっと崩れやすい料理だから気をつけて…。」
振り返った波田さんが、フライパンを動かす手を一瞬止めた。
驚いてるその表情に私と坂本さんも動きを止めて入り口へと振り返る。
「小夜子様…。」
「今晩は。」
柔らかい優しい笑みを浮かべて、小夜子さんが厨房へと入って来た。
「鳥屋尾さん、今、よろしいかしら。少しお話がしたいの。時間はそれほど取らせないわ。」
「い、今…ですか?」
困ったな…今、やらなければ行けない事が沢山あるんだけど…。
「も、申し訳ございません、今は夕飯のお仕度をさせて頂いておりまして…。」
「私と二人で話すのがそんなに嫌なの?」
『後ほどお部屋に伺わせて頂きます』と言う言葉を遮って、降って来た言葉。
小夜子さんのその表情が少し歪んだ気がした。
「私、瑞稀の話、いっぱいするもんね。それが嫌なんでしょ?」
「あ、あの…。」
「だけど、私はあなたと違ってコソコソなんてしてないよ?」
ドキンって大きく鼓動が跳ねた。
小夜子様…知って…。
「…咲月ちゃん、とりあえず、奥の部屋で休憩していいから。」
「そうね、私が圭介さんの所にワゴン運んでくるわ。小夜子様も、狭い所で申し訳ありませんが、よろしければ、奥の従業員の休憩室へどうぞ。」
波田さんと坂本さんが私をフォローする様に動き出す。
それに促されて、震えの起こる足を、小夜子さんと共に動かした。
従業員の休憩場所に入り、座卓を挟んでお互いに正座で座る。
…どうしよう。
瑞稀様にはもう少し黙っててって言われたけれど…。
知っていらっしゃるなら黙ってる意味は無いし、この期に及んで嘘をつくのも違う気がする。
目の前に座る小夜子さんの真顔の表情に少しだけ恐さを覚えて背筋がゾクリと音を立てた。
思わずのど元をゴクリと鳴らした私を口元だけでクスリと笑う小夜子さん。
「…大丈夫よ?
そんな、ドラマじゃあるまいし、私、あなたを刺したりなんてしないわ。」
「あ…いえ…」
「…でも、がっかりはしてる。
言いにくい状況ではあったかもしれないけど、教えて欲しかったかな、鳥屋尾さんの口から。
だから私、わざと瑞稀の話をいっぱいしたのに、最初の日。」
最初から、ご存知だったんだ…ということは、小夜子さんは、瑞稀様と私が付き合っていると分かっててここへ来たって事だよね。
…それだけ、覚悟を持って。
ギュって胸が苦しくなったら少し目頭が熱くなる。一歩身体をさげて、そのまま、ゆっくり頭を下げて、おでこを畳に付けた。
これで許されるなんて到底思っていない。
だけど
きっと、『嫁になる』と決めてこの家に来て、瑞稀様と私の関係を分かっていて、ずっとああやって笑顔で穏やかに過ごされてたなんて、辛かったに決まっている。
『瑞稀様と付き合ってます。別れません。』
そう私がハッキリ言って、険悪になった方がずっとずっと楽だったはずだもん。
…この人の方が、よっぽど『覚悟』が出来ている。
「…申し訳ございません。
いずれはお話をしなくてはと思っていたにも関わらず、その機を先延ばしにしてしまっていました。
いずれは瑞稀様の元を去ろうと思っていましたが…私の覚悟が足らないばかりに、それも出来ず。」
顔を上げて、小夜子様の瞳を捉えた。
「…どうしても、瑞稀様から離れる事が出来ませんでした。」
「……。」
圧力を感じる眼差しに、出来れば逃げたいと思った。
今、このお屋敷の中には、瑞稀様も居る、圭介さんに連絡をすれば、きっと対応してくれる。
だけど
私自身がこの圧力を受けなければいけない。
全ては…私が引き起こした事なんだから。
「…瑞稀様とお会いしたのは、10ヶ月程前私がこのお屋敷にメイドとして雇って頂いた時になります。
お付き合いは…半年強ほどさせて頂いております。」
正座している足の上で、拳をギュッと握りしめた。
「ご主人様を好きになるなど、御法度もいい所だと言う事はわかっています。
でも…私の中で、瑞稀様はとても大切な存在なんです」
そこまで話した私をジッと見ていた小夜子様の綺麗な唇が突然弧を描いた。
「…そう。
『大切な存在』なのね。あなたも辛かったわね。立場が全然違うんだもの、苦労したでしょ。色々と。」
な、何だろう…怒っていらっしゃらないのかな…。
躊躇したら降って来た言葉。
「…瑞稀もそんな健気なあなただから、きっと手放したくないんでしょうね。
大金を払ってまで。」
……え?た、大…金?
一瞬耳を疑った。
「あら、ごめんなさい。瑞稀には『黙ってろ』って言われてたんだ。
あなたがあまりにも真っすぐだから、つい口が滑っちゃった。」
「あ、あの…。」
少し身を乗り出した私にニコリと笑顔を向ける小夜子様
「瑞稀ね?あなたの事、佐野智樹って人から大金を出して買い取ったのよ?」
佐野…智樹?
『咲月ちゃん…』
脳裏に蘇る柔らかくて大好きな笑み。
どういう…事?
目の前が一瞬真っ暗になった。
「佐野智樹って人があなたの身代わりで借金背負ってたみたいでね?
あ、元々はあなたのお父さんが作った借金みたいだけど。完済したらあなたと結婚出来るって条件で、佐野家が借金を引き継いだみたい。
で、それを知った瑞稀が返済する権利を買い取って、完済したのよ。」
嘘でしょ…何それ。
私…何もしらない。
お母さんも、前の旦那様も、智樹さんも…そんな事一言も…。
「まあ、瑞稀的にも知られたくなかったんだろうね、あなたに。
だって、あなたのお父さんの起こした会社潰して、借金背負わせたの、瑞稀のおじいさんだから。」
瑞稀様のおじいさまが…?
小夜子さんの口から次々と発せられる衝撃的な言葉が受け止められない
ただ、ただ、全身が震えてた。
「まあ…それはもう過ぎた事だしさ、瑞稀が考えてやった事なんだろうからいいと思うんだけどね?
でもさ、いくら大切に思っているっていったって、本人に内緒で大金のやり取りをするなんて、ちょっと…と私は思うの、第三者として。」
絶句してただ、小夜子さんを見ている私に余裕の微笑みが返って来る。
「そろそろ、目を覚まさないと、とんでもない事になると思う。
瑞稀は今、あなたに夢中になりすぎて、全てを見失ってるのよ。
そうじゃなきゃ、『この家を出て行く』なんて言わないでしょ?」
い、家を…出て行く?
「瑞稀ね?さっき私に話したのよ。
会長職は辞退して、社長もやめて会社も辞める。その上で、谷村家を出て行くって。
全てはあなたと一緒に居る為に。」
そ、そんな…。
「おじさまも相当怒ってらっしゃるみたいでね
自分で稼いだ財産以外は、すべて置いて行けって言われたみたいで。あなたに費やしたお金が瑞稀のほぼ全財産だったみたいで、無一文同然で家を出なきゃいけないみたい。」
もはや、震えさえ止まる。
息をしているのかも分からない。
何をどう…理解すれば良いのかも分からない。
ただただ…ぼやけてる視界に瑞稀様の笑顔が鮮明に浮かび上がる。
『咲月は何も心配しなくて大丈夫だから』
瑞稀様…。
「ねえ、あなた、本当にそれで良いと思う?
瑞稀がそんな事して、あなたは満足?」
小夜子様の言葉が直接頭と心に響いて来る。
「瑞稀が居なくなったら、今の会社はどうなるの?
大会社の社長が何の前触れも無く、女一人の為に突然会社を辞めて、約束された会長の座も辞退…。
そんな事になれば、谷村グループ全体の信用だってどうなるか。」
そうだよ…。
上田さんだって言ってた。
『社長は会社にとって、必要な方です』と。
瑞稀様は、皆に必要とされている方なのに。
そんな事…して良いわけがない。
流れる涙をそのままに再びギュッと拳を作った。
次の瞬間
「…どうやら、わかってくれたみたいね。」
ハンカチで優しく目元が拭かれる。
視界がクリアになったら
「あなたなら、目を覚ませると思う、瑞稀の。」
小首を傾げる小夜子さんが柔らかい笑みを浮かべていた。
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