◇
谷村家に来て、1ヶ月ほど。
ほぼ、あの子と接触出来ない。
というか、瑞稀にもだけど。
でも、まあ、瑞稀は忙しいみたいだからあの子とも全く接触してないみたいだけどさ。
坂本さんと伊東さんがあの子の代わりに来た、次の日、あの子が部屋を訪ねて来たけど、『教えたいので』と一緒に坂本さんも来たし。
その次の日は、『鳥屋尾は今日は奥様についておりますので』とまた坂本さんが来た。
まあ…その度に伊東さんがあの大好きなハーブティーを入れてくれるんだけどさ。それに、坂本さんに優しくされるのは、昔から好きだったし。
あの子もメイドとして働いていたら、私が最優先になるわけないのは分かってるから、仕方ないんだけど。
何となく溜まるフラストレーション。
だけど
「どうぞ。」
伊東さんが入れてくれる一杯のハーブティーに癒されて、そのまま「まあ、いっか」になってしまう日々。
おばさまがあの子と厨房でお菓子作りをしているのを何度か見かけて嫌な気持ちになったけれど、私はあまりお菓子づくりは好きではないから。
それを分かってなのか、知らずなのか、おばさまが毎日の様にお出かけに誘って下さった。
相変わらず、おじさまは優しいし。
どことなく、悪くない居心地。
…私、自分の家でこんなに心安らぐ時を過ごした事あったっけ。
そんな風に想ったら、自宅に思いを馳せる時間がどことなく増えて来て、何となく、お父さんやお母さん、お姉ちゃんの事を思い出す時が多くなった。
「部屋の香り、変えてやるよ。」
この1ヶ月、毎日訪れてくれていた涼太君。
紳士的な態度でだけど、少し距離の近い大学時代と変わらない感じで接してくれる所にホッとしていた。
「…ねえ、涼太くん。
皆、変わったね、どことなく。」
ハーブティーに口付けながらぽつんと呟いた私の言葉に、一瞬眼差しを向けると、また花瓶へと向き直る涼太君。
「私は、昔みたいに皆で楽しく過ごしたいのにな。」
全ての花を挿し終えると私に向き直った。
「…あれからだいぶ時が経ってるから昔と同じって無理だろ。
一緒に居ない間に皆それぞれ色んなもん積み重ねて来てんだし。」
スッと差し出す一輪のカラー。
「だけど、今を楽しむかどうかは自分次第だと思う。」
ニッと笑う涼太君の強い瞳に、何故かお姉ちゃんが重なった。
…谷村家に来て1ヶ月…少し実家に帰ってみようかな。
そういえば、明日は谷村グループは役員会があると伊東さんから聞いた。
以前のおじ様の話だと、役員会で瑞稀を次期会長にと明言し、結婚を発表するはず。
と、言う事は…それが明日という事だよね。
となれば、私は公に瑞稀の嫁としての活動が始まるわけで。
その前に一度実家に帰るのも悪くないかもしれない。
そう思い立って1ヶ月ぶりに帰った自宅。
「おかえりなさいませ」
執事とメイドは迎えてくれたけど、お父さん達3人は不在だった。
事前に連絡はしてたんだけど…ね。
フウッて溜息つきながら自室に戻って、広げたアルバム。
…ほとんどの写真に瑞稀が一緒に写ってるな。
何も考えていなかった小さい頃は瑞稀が好きで、大好きで。
それだけだった。
いつからだろう…『谷村グループ次期会長の恋人』と言う立場の自分がステイタスになったのは。
『会長夫人になるならもっと頑張らないとな。』
そう言って頭を撫でてくれたお父様の掌を思い出す。
…瑞稀と一緒に居る事で、沢山の人が私に声をかけてくれた。
『あの谷村グループのご子息が恋人ですか!凄いですね!』と。
その位、瑞稀は有能で将来有望だと言われていた。
そして、その恋人である私を、皆が皆、褒めてくれたし、たたえてくれた。
『小夜子…本当にあなたはそれでいいの?』
…お姉ちゃん以外は。
パタンとアルバムを閉じた。
コンコン
同じタイミングでドアがノックされる。
「はい…。」
覇気無い私の返事の後、ドアがカチャリと開いた。
「小夜子、お帰りなさい。」
1ヶ月ぶりに見る
綺麗で
優しい
大嫌いな姉の姿。
「…ちょっと色々取りに来ただけ。すぐにまた谷村家に戻るよ。」
そう言って仕度を始めた私にフウッと溜息。
「ねえ…小夜子?本当にあなたはそれでいいの?」
「もー何度言わせるの?当たり前でしょ?瑞稀のお嫁さんになれるんだもん!こんな最高な事無いじゃない。」
「…どうかしら。
あなた、今、あまり幸せそうな顔をしているとは思えないわ。」
…何それ。
少しだけ頬が紅潮する感覚を味わった。
「そっか…お姉ちゃん、ひがんでるんだ。私が谷村グループの会長の嫁になれるから。
そうだよね。鈴木グループのトップになっても、独身で。女としての幸せは掴めないままだもんね。」
「小夜子…。」
たしなめようと、伸ばされた手を振り払って睨みつける。
「折角手に入るかもしれない幸せを阻もうとするなんて…信じられない。」
押しつぶされそうな気持ちをそのままに、屋敷を逃げる様に去って戻った谷村家。
玄関先で丁寧に頭を下げた圭介君が微笑んだ。
「おかえりなさいませ。瑞稀様がお待ちです」
…何だろうか。
圭介君のこの落ち着きぶり。
何故だか、悪い予感がする。
圭介君に促されて行った、瑞稀の部屋
タブレットに目を落としてた瑞稀、が少しだけ微笑みを浮かべたら丁寧におじぎをして出て行く圭介君に「圭介、ありがとう。」と口を開いた。
…『小夜ただいま』とは言ってくれ無いんだ。
ふと脳裏を横切る姉の顔
『あなたはそれでいいの?』
良いに決まってるじゃない。
私は…絶対に、会長夫人になるんだから
「瑞稀!おかえりなさい。お仕事ご苦労様!」
ニッコリ笑って近づいて行って、その懐に飛び込んだ。
「小夜…」
その腕を引きはがされない様にギュってしがみつく。
「暫く瑞稀に会えなかったから寂しかったよ?」
見上げた先の琥珀色の瞳が揺れて私を見ていた。
それに吸い込まれる様に顔を近づけて行ったら力強く身体を引き離される。
「小夜、今日はちょっと話があって小夜を呼んだんだ。とりあえず、ソファに座って?」
いつもみたいに口角をキュッとあげて笑ってくれない瑞稀に嫌な予感は更に大きくなる。
「…何?」
「うん、話すからさ。とりあえずソファに…「嫌!」
かろうじて背中に回してた腕に力を込めた。
「…するなら、このままがいい。」
「……。」
「お願い…。」
顔を埋めたらフウッて溜息が降って来る。
「…小夜、俺は小夜と結婚する気はない。それは、ずっとこの先も申し訳ないけど変わらない。
俺は咲月としか一緒になるつもりは無い。」
「でも、もう今日は役員会だったんでしょ?今更そんな事、出来るわけないじゃない。」
顔を上げたら、さっきよりも真剣な眼差しが私に向いてたけれど、目があったら少しだけそこに笑みが生まれて、それに鼓動が跳ねた。
その鼓動が…悪い予感に拍車をかける。
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谷村家に来て、1ヶ月ほど。
ほぼ、あの子と接触出来ない。
というか、瑞稀にもだけど。
でも、まあ、瑞稀は忙しいみたいだからあの子とも全く接触してないみたいだけどさ。
坂本さんと伊東さんがあの子の代わりに来た、次の日、あの子が部屋を訪ねて来たけど、『教えたいので』と一緒に坂本さんも来たし。
その次の日は、『鳥屋尾は今日は奥様についておりますので』とまた坂本さんが来た。
まあ…その度に伊東さんがあの大好きなハーブティーを入れてくれるんだけどさ。それに、坂本さんに優しくされるのは、昔から好きだったし。
あの子もメイドとして働いていたら、私が最優先になるわけないのは分かってるから、仕方ないんだけど。
何となく溜まるフラストレーション。
だけど
「どうぞ。」
伊東さんが入れてくれる一杯のハーブティーに癒されて、そのまま「まあ、いっか」になってしまう日々。
おばさまがあの子と厨房でお菓子作りをしているのを何度か見かけて嫌な気持ちになったけれど、私はあまりお菓子づくりは好きではないから。
それを分かってなのか、知らずなのか、おばさまが毎日の様にお出かけに誘って下さった。
相変わらず、おじさまは優しいし。
どことなく、悪くない居心地。
…私、自分の家でこんなに心安らぐ時を過ごした事あったっけ。
そんな風に想ったら、自宅に思いを馳せる時間がどことなく増えて来て、何となく、お父さんやお母さん、お姉ちゃんの事を思い出す時が多くなった。
「部屋の香り、変えてやるよ。」
この1ヶ月、毎日訪れてくれていた涼太君。
紳士的な態度でだけど、少し距離の近い大学時代と変わらない感じで接してくれる所にホッとしていた。
「…ねえ、涼太くん。
皆、変わったね、どことなく。」
ハーブティーに口付けながらぽつんと呟いた私の言葉に、一瞬眼差しを向けると、また花瓶へと向き直る涼太君。
「私は、昔みたいに皆で楽しく過ごしたいのにな。」
全ての花を挿し終えると私に向き直った。
「…あれからだいぶ時が経ってるから昔と同じって無理だろ。
一緒に居ない間に皆それぞれ色んなもん積み重ねて来てんだし。」
スッと差し出す一輪のカラー。
「だけど、今を楽しむかどうかは自分次第だと思う。」
ニッと笑う涼太君の強い瞳に、何故かお姉ちゃんが重なった。
…谷村家に来て1ヶ月…少し実家に帰ってみようかな。
そういえば、明日は谷村グループは役員会があると伊東さんから聞いた。
以前のおじ様の話だと、役員会で瑞稀を次期会長にと明言し、結婚を発表するはず。
と、言う事は…それが明日という事だよね。
となれば、私は公に瑞稀の嫁としての活動が始まるわけで。
その前に一度実家に帰るのも悪くないかもしれない。
そう思い立って1ヶ月ぶりに帰った自宅。
「おかえりなさいませ」
執事とメイドは迎えてくれたけど、お父さん達3人は不在だった。
事前に連絡はしてたんだけど…ね。
フウッて溜息つきながら自室に戻って、広げたアルバム。
…ほとんどの写真に瑞稀が一緒に写ってるな。
何も考えていなかった小さい頃は瑞稀が好きで、大好きで。
それだけだった。
いつからだろう…『谷村グループ次期会長の恋人』と言う立場の自分がステイタスになったのは。
『会長夫人になるならもっと頑張らないとな。』
そう言って頭を撫でてくれたお父様の掌を思い出す。
…瑞稀と一緒に居る事で、沢山の人が私に声をかけてくれた。
『あの谷村グループのご子息が恋人ですか!凄いですね!』と。
その位、瑞稀は有能で将来有望だと言われていた。
そして、その恋人である私を、皆が皆、褒めてくれたし、たたえてくれた。
『小夜子…本当にあなたはそれでいいの?』
…お姉ちゃん以外は。
パタンとアルバムを閉じた。
コンコン
同じタイミングでドアがノックされる。
「はい…。」
覇気無い私の返事の後、ドアがカチャリと開いた。
「小夜子、お帰りなさい。」
1ヶ月ぶりに見る
綺麗で
優しい
大嫌いな姉の姿。
「…ちょっと色々取りに来ただけ。すぐにまた谷村家に戻るよ。」
そう言って仕度を始めた私にフウッと溜息。
「ねえ…小夜子?本当にあなたはそれでいいの?」
「もー何度言わせるの?当たり前でしょ?瑞稀のお嫁さんになれるんだもん!こんな最高な事無いじゃない。」
「…どうかしら。
あなた、今、あまり幸せそうな顔をしているとは思えないわ。」
…何それ。
少しだけ頬が紅潮する感覚を味わった。
「そっか…お姉ちゃん、ひがんでるんだ。私が谷村グループの会長の嫁になれるから。
そうだよね。鈴木グループのトップになっても、独身で。女としての幸せは掴めないままだもんね。」
「小夜子…。」
たしなめようと、伸ばされた手を振り払って睨みつける。
「折角手に入るかもしれない幸せを阻もうとするなんて…信じられない。」
押しつぶされそうな気持ちをそのままに、屋敷を逃げる様に去って戻った谷村家。
玄関先で丁寧に頭を下げた圭介君が微笑んだ。
「おかえりなさいませ。瑞稀様がお待ちです」
…何だろうか。
圭介君のこの落ち着きぶり。
何故だか、悪い予感がする。
圭介君に促されて行った、瑞稀の部屋
タブレットに目を落としてた瑞稀、が少しだけ微笑みを浮かべたら丁寧におじぎをして出て行く圭介君に「圭介、ありがとう。」と口を開いた。
…『小夜ただいま』とは言ってくれ無いんだ。
ふと脳裏を横切る姉の顔
『あなたはそれでいいの?』
良いに決まってるじゃない。
私は…絶対に、会長夫人になるんだから
「瑞稀!おかえりなさい。お仕事ご苦労様!」
ニッコリ笑って近づいて行って、その懐に飛び込んだ。
「小夜…」
その腕を引きはがされない様にギュってしがみつく。
「暫く瑞稀に会えなかったから寂しかったよ?」
見上げた先の琥珀色の瞳が揺れて私を見ていた。
それに吸い込まれる様に顔を近づけて行ったら力強く身体を引き離される。
「小夜、今日はちょっと話があって小夜を呼んだんだ。とりあえず、ソファに座って?」
いつもみたいに口角をキュッとあげて笑ってくれない瑞稀に嫌な予感は更に大きくなる。
「…何?」
「うん、話すからさ。とりあえずソファに…「嫌!」
かろうじて背中に回してた腕に力を込めた。
「…するなら、このままがいい。」
「……。」
「お願い…。」
顔を埋めたらフウッて溜息が降って来る。
「…小夜、俺は小夜と結婚する気はない。それは、ずっとこの先も申し訳ないけど変わらない。
俺は咲月としか一緒になるつもりは無い。」
「でも、もう今日は役員会だったんでしょ?今更そんな事、出来るわけないじゃない。」
顔を上げたら、さっきよりも真剣な眼差しが私に向いてたけれど、目があったら少しだけそこに笑みが生まれて、それに鼓動が跳ねた。
その鼓動が…悪い予感に拍車をかける。
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