「あなた?先方に話をするにしても、きちんと事を考えてからでないと。
それに、例え、小夜ちゃんが了承したとしても、問題は解決ではありませんよ?
谷村グループの次期会長の嫁です。今の彼女の経歴と素性はきっとスキャンダルの素になります。」


奥様が盛上がりかけた、旦那様と真人さんをそっと隣からたしなめた。


「…お前、仲良しじゃなかったのか?鳥屋尾さんと。」

「それとこれとは別です。」


…明らかに顔が歪んでんな、奥様。


「…奥様、ここまで来たら、奥様の本音をお聞かせ下さい。それがきっと、瑞稀様の為かと。」


口を真一文字にしている奥様を今度は旦那様がそっと背中に手を添えた。


「由岐…お前はいつも、俺の話に耳を傾け、たしなめはしても、決して真っ向から反対した事は無かったな。
…たまには教えてくれないか?俺達に、お前の本音を。」


その言葉に、今度は奥様の瑞稀によく似た琥珀色の瞳が揺れた。


「…鳥屋尾さんは可愛らしく、正直で、一緒に居ると不思議と安心する事が出来るそんな女性だと思います。
彼女に直接関わる事で、母親でありながら彼女に惹かれる瑞稀の気持ちがわかる瞬間が何度かあった事は事実です。
ただ、ゆくゆく谷村家を継ぐ者の嫁としては…しなければならない事が膨大です。
あなたは、瑞稀を次期会長にと考えていて、それを6月末のパーティーで発表する。
そして、その嫁になる人物を発表する…。
この短時間で形にするだけでも、相当な苦労を強いられる。
彼女を追いつめ、苦しめる事になるのは目に見えています。
そして、注目されたあかつきには、彼女のせいでは無いにせよ、背負っている諸々の事情や経歴が明るみに出てしまいます。
…もし、どうしても彼女との結婚を望むのであれば、私は、彼女に少し長い時間を与えてやるべきかと。
それから、私の懸念はもう一つあります。
もし、ここで父親同士で結婚を破談にしてしまったら、恥をかき、悲しむのは小夜ちゃんです。それはどうかと…。」


フウと溜息をついた奥様の後ろで、リビングのドアが音も無く開いて、そっと伊東さんが入って来たのが見えて思わず、また腹に力が入った。


…伊東さん、悪いけど、邪魔はさせない。

俺は、“谷村瑞稀”の執事であり、“瑞稀様を守る為”にここにいるんだ。


「だけど、小夜ちゃん、咲月ちゃんの事いじめて楽しんでんだよ!辞めさせるなとか言ってさ…。咲月ちゃんには、何も知らないフリして、わざと、自分が瑞稀に会うための服を選ばせたんだよ!」


真人さんの言葉に明らかに目を見開く旦那様。


「ま、真人、そうなのか…?!てっきり、小夜ちゃんの優しさで鳥屋尾さんを残して欲しいと言ったのかと…。」

「父さんは小夜ちゃんを信じ過ぎ!」

「や、彼女はイイコだぞ?昔、ここに来る度に、俺に花束を作ってくれてな…。」

「あなた、話がそれてますよ。
それに、真人、それはそれよ?
いくら諸々の事情があったとしても、小夜ちゃんが世間的に傷をつくのは違うと思うわ。鈴木家と谷村家の結婚話ですよ?誰かしらに面白おかしく伝わってでもしたら…。」

「そ、そうだな…事を急いで声をかけ、その気にさせたのは私だ…。小夜ちゃんは瑞稀が好きだと言ってくれてるし。断るなど虫のいい話だし、失礼だな。」


3人揃っていいタイミングで俺に視線が集まって
それに、思わずクッと唇の片端をあげた。


瑞稀…褒めて。
こっちの手はずは整いそうだよ。あと、一息だ。


「…それについては、旦那様へ真人様と瑞稀様からご提案がございます。」

「えっ?!俺?!」

「なんだ、真人、言ってみろ。」

「ムリムリ!わかんない!瑞稀がいないと、さっぱり、俺には。」

「上田さんにも協力して頂き、一度、三人でお話し合いする時間を設けさせては頂けませんか?」

「や、それは構わんが…6月末の役員会はもう動かせないぞ?
それまでにその提案とやらは間に合うのか?」


再び集まった視線に丁寧に頭を下げる。


「もちろんです。旦那様。お任せ下さい。」


「ぜひ、奥様も同席を…」と顔を上げたら、リビングの入り口の伊東さんと目線が交わって、フワリと優しく目尻に皺を寄せた。