残された部屋の中、ベッドへゴロリと身体を預けたら、小夜とのやり取りがありありと蘇る。



仕方ない事だって分かってんけどさ…。

俺は何をしたって、誰に対しても、マコには絶対に勝てないって事だよな。
皆、マコばっかり好きなんだよ、結局。


『瑞稀、ごめんね。私、本当は真人さんが好き』


思わず息苦しさを覚えた。


…小夜だけは違うって、『ちゃんと俺を好きでいてくれている』と勝手にどこかで過信していた。

だから…それが小夜に負担をかけ、逃れられなくしてしまっていた。



力なく息をはいたら、やけにそれが震えてる気がした。


…結局、突き詰めてったらさ、『俺』を好きな人なんてこの世に居ないんだよ。マコ以外は。



マコだけって事だろ、俺の事を考えていてくれるのは。


頭を撫でたマコの掌の温もりを何となく思い出したら、微睡みに襲われて、気が付いたら、マコが俺を揺すってた。


「瑞稀、瑞稀…?」
「ん…マコ?」
「ダメじゃん!何にもかけないで寝たら!風邪ひくよ?」


いつも通りのはにかんだ笑顔

…だけど、様子が可笑しいのは雰囲気で分かった。


「マコ、ごめん。結構大変だった?会場…。」

「ん?大丈夫、大丈夫。というかね、パーティー終わった。」


ジャケットを脱いでん~って伸びをするマコに何故か嫌な予感がした。


「マコ?」


呼びかけたら、くるりと振り返って白い歯見せてニカッて笑う。


「瑞稀、俺さ、ちょーっと旅に出てくるわ。」

「……は?」


マコの言った言葉を受け入れられなくて、遅れた返事。


「何…?何の冗談…って、ああ、旅行?長めの?一ヶ月とか…。」

「や、いつ帰って来るかとかは決めてない。とにかく、明日日本を離れる。」


あ、明日……?
何言ってんだ、マコは。


「昔からやりたかったんだよね!旅!」ってひゃひゃって笑うマコが少し霞んで見えた。


「…何でだよ。何か言われた?パーティーで。」

「そんな事無いって」

「嘘。マコ、嘘つくと、鼻の穴がぴくぴくするからすぐわかんだよ。」


俺の言葉にマコは「マジ?!」と慌てて掌で鼻を隠す。


「何も無かったし!」

「思っきりあるって言っちゃってんじゃん。
何?マコが小夜を嫁にもらう事にでもなった?それで俺に遠慮して家を出るとか言い出した?」


捲し立てる様に詰め寄ったら、アヒル口のままで、マコの綺麗な黒目が揺れた。


言い訳…なんもしないのかよ。



「…何か言えよ。つか、マコが出て行った所で俺は小夜とは結婚しない。金輪際付き合う気もないし。」


みっともない位に必死な自分にこれでもかって思い知らされる。

俺は…この世で、マコより大切なものなんてないんだって。


「別に小夜とマコが結婚したって俺は構わない。だからさ…。」


俺の…唯一の居場所を消さないでくれ…。


「瑞稀、ちょっと出掛けて来るだけだから。いつかちゃんと帰って来るよ?ほら、二人の目標、叶えなきゃだしさ!」

「だったら余計に出て行く事無いだろ。二人で居た方が…。」

「瑞稀。」


柔らかいけど、強い口調。

…もう、絶対マコは曲げない。


長年、敬愛してきた兄貴だからこそ、わかる、強固な意志表示。


「大丈夫!瑞稀、は一人じゃないんだから。」



“それはあんたが居るからだろ”


言葉にならない気持ちが溢れ出て、雫が頬を伝った。


「瑞稀…ちゃんと大事にしなよ?瑞稀が大切だと思う人達を。」


力なく項垂れてる俺の頬をそっと拭うとそのまま、マコは部屋を出て行った。










翌日、父さんに呼び出されて知った事



マコは鈴木会長と夫人に頭を下げて「俺が悪いんです」と謝ったらしい。


「小夜ちゃんと結婚したかったのは俺も同じです。瑞稀は俺に遠慮しただけ。責めないでください」


そう言って。

それが本心かは今でも定かじゃないけれど、あの人が『自分が居なくなれば』と思ったのは事実で。
それを理解してた父さんは、「あいつは優しいから」って寂しそうに笑ってたっけ。

けれどマコが鈴木会長に頭を下げた事で、小夜の面目も保たれて、会長もそれで納得して「若者は色々あるからな」と最後は笑って和やかに終わったらしい。



そのパーティーの後、俺は小夜を避ける様になって、小夜も俺に近づいては来なかった。


マコは本当に旅立って行って、父さんと母さんは、探したけれど、結局マコの消息は掴めなくて。




涼太が谷村家の庭師になった時に、俺にそっとマコからの手紙を渡してくれたんだよね…。



『大切にするんだよ』


マコの声が再び脳裏を掠めたら思い出した咲月の笑顔。



…まあ、でもね。

今となっちゃ、小夜の事云々より、咲月だよ、問題は。



大体、何でこんなに突然俺の結婚話が浮上したんだ?
いくら、俺と咲月の付き合いに反対してるからって…事態が急展開過ぎる。



とにかく、早く帰って事の次第を確かめないと。
そして咲月に会わないと。
また一人で色々抱え込んでそうだもんな。


まあ、周りの皆がフォローしてくれてるかもしれないけど、伊東がいるからそれも完全には無理だろうし。


…母さんは?


決して口では言わなかったけど、3ヶ月前、明らかに母さんは咲月の事気に入っていた。

それに、小夜との一件ももちろん知ってる。

その上で…今回の結婚話を父さんに相談された時、賛成をしたって事か…?



コンコン




丁寧なノック音の後、静かにドアが開いた。



「社長、失礼致します。」

「…上田。俺、今日何時頃家に戻れる?」


スマホを見つめたまま、そう言った俺の前に影が出来た。
顔を上げたら、いつもと変わらず柔らかい笑顔。


「執事の藪氏より、こちらにもご連絡が。会長と奥様がお帰りになったそうですね。今すぐお帰りになられるならば、ここからの業務は書類が主ですので、私も同行致します。」


それに少しだけ冷静さを取り戻す。



ありがとう、上田。
あなたが秘書で本当に俺は助かっている。


一度脱いだジャケットを再び羽織る。


「では、お車をお回しいたしますので、参りましょう」


それに合わせ、上田はドアを開けてくれた。