昼過ぎ、会議を終えて社長室に戻ったら圭介からメッセージが立て続けに来ていた。


…何だろう。
今日、早く帰れる様に調整済みだって事は知らせたのにな…。


何の気無しに開いたメッセージ画面を見た瞬間、思わず目を見開いた


“小夜ちゃんが瑞稀の嫁になるって旦那様が言ってる“
“その為に今日から谷村家に住むって”


…………は?


予期しない内容と“小夜”って言葉にドクンと心音が強く打った。


…どう言う事だ?


小夜が俺の…嫁?
だって、あの時…。



頭の中に鮮明に蘇る大学時代。


静かな微笑みを纏った彼女は確かに俺に言った。


『ごめんね?瑞稀、私、真人さんが好きなの』


柔らかな、いつも通りの声色と微笑みで…。













“小夜”こと、鈴木小夜子



俺と同じ歳で鈴木グループ会長の次女


男の生まれなかった鈴木家は、うちとの縁を重んじていた。
小夜と歳の少し離れた長女は生まれながらに凛としていてしっかり者。

誰もが、会長の後継ぎにと考えていて、本人もそのつもりで今は会長の元でその業務の半分位は担えるようになったと聞いている。


小夜は…甘えん坊でどことなく頼りなくて。
姉と比較されては俺んとこに来て泣いていた。


「私…出来が悪いから。」


だけど、頭をヨシヨシってしてやると「ありがとう!」とニッコリ笑う。

その顔がこの上なく可愛くて、幼いながらに俺はすぐに虜んなった。


小夜も、何かと絡む俺が嬉しかったのか、よく遊びに来てくれて
大人へと成長を遂げてく段階で、お互い当たり前みたいにイイ仲になっていった。

…今考えればさ。


全部親同士の目論見があったんだって思うけど。『ゆくゆくは』って想いが。

けれど、ガキだった俺がそんなの分かるわけも無く。
「瑞稀!」ってなつっこく笑ってくれる笑顔に、あの柔らかさに、やみつきんなって、小夜しか見えなくなってた。


だけど


谷村家と鈴木家の合同パーティーをしたあの日に父さんが放った一言で全てが一変する。



「ゆくゆくは真人に後を継いで貰いたいと思っているんだよ。でもなあ…いかんせん、自由奔放で。」


それまでの俺の平穏を崩した。

何の気無しのない会話だったと思う。
マコの天真爛漫は周知の通りだったし、本人も、鈴木会長も、誰もが皆、一つの話題として笑っていた。


……小夜以外は。


合同パーティーの最中、小夜と落ち合ったホテルの一室。


小夜は触れようとした俺を柔らかい笑みで拒否した。


「…あのね?いつ言ったらいいか、ずっと迷ってたの。だけど、瑞稀、ずっと寂しそうだったから、言い出せなくて。」


眉間に皺寄せた俺に少しだけ申し訳無さそうな顔をする小夜。


「瑞稀、ごめんね。私、本当は真人さんが好きなの。」


そこには、いつもと変わらぬ柔らかい笑顔があって、ちょっとだけ言葉と表情に感じた違和感。けれど、そんな違和感なんてどうでも良いほど、目の前が真っ暗になった。


「…ずっと悩んでた。だってお父さん達皆、私達の結婚、考えてるでしょ?
だけど、この気持ちを抑えて瑞稀と居るのは裏切りじゃないかって…。ごめんなさい…。」


ああ…そっか。
俺、重たかったんだ。
愛情を全部、小夜に向けて追いつめていたんだ。


小夜しか見えていなかった俺はそう解釈した。


「…安心しなよ。俺が何とかする。」



そう言って小夜を残して、立ち去った部屋。パーティー会場に戻ると言い放った。


「俺は小夜子さんとは結婚しません。」


初めてだったと思う。
そうとわかっていて、親に迷惑かける様な行為に及んだのって。


その時の両親の顔が未だに鮮明に脳裏に焼き付いてる。


「瑞稀、お前が何故、俺を困らせるんだ」


初めて向けられた、父さんの冷めた目線。
それを何とかフォローしようとする母さんの引きつった笑顔。


何を言われても口を閉ざしたままの俺をマコが見兼ねて、代わりに口を挟んだ。


「瑞稀、ちょっと外出よう?鈴木のお父さん、瑞稀は多分小夜ちゃんとケンカでもしたんだと思うよ!」


そう言って
休憩の為にマコ専用にとったホテルの一室に連れ出してくれた。



「ねえ、瑞稀?何かあった?」

「別に…ただ、小夜と結婚なんてごめんだって本気で思っただけ」

「そっか、そっか。うん、じゃあ、結婚しなきゃいいよね。」

「はっ?!」

「だって、瑞稀は嫌なんでしょ?それが瑞稀の意志なんでしょ?」

「……。」


再び口を閉ざしたら、頭をポンポンって撫でられた。

「瑞稀、小夜ちゃんは?どこにいるの?」

「…俺の部屋だけど。」

「そっか…。とりあえず、俺、もっかい会場戻るね?瑞稀はここで待っていて?」


そう言うと、マコは部屋を出て行った。