そのままソファの後ろのチェストを開けて、何やらガサガサとその中を漁ってる智樹。


「おっ!あった。」


瑞稀に差し出したのは古びた一通の手紙。


「どう調べたかはわからないけれど…少しだけ誤解してるみたいだから、一応言っとく。
その上で商談云々は決断下しても遅くないと思うから。」


眉間に皺を寄せた瑞稀を苦笑い。


「あんたのじいさんは、そんなに悪い人じゃないと思う。」


智樹の言葉に眉を下げた瑞稀が静かに封筒から手紙を取り出した。


そこには、達筆な行書体で書かれた文章が綴られている。

その字に覚えがあったのだろう。瑞稀が少し目を見開いた。



『親愛なる 鳥屋尾殿

お子の誕生、心よりお祝い申し上げる。
願わくば、親類となり、末永くお付き合いを。
口は悪いが賢い末孫との将来を考えて欲しい。

谷村佐治郎』



一緒に読んでいた俺も思わず目を見開く。

思わず瑞稀を見た。


「…何で倒産に追い込む様な真似をしたのかはわかんないけど、咲月ちゃんちの両親が好きで、金も貸したのは本当じゃないかと思う。
だけどさ、実際には、おじいさんの思惑通りには行かなくて。
末孫のあんたには、既に親同士が将来を約束している相手がいたんだって。」


将来を約束している…?

不意に浮かんだ一人の女性。


…いや、でも。
彼女は大学の時の両家の共同パーティーで“何か”があって以来、全く音沙汰がないはず。

少なくとも、俺が瑞稀と離れた3年間以外は。

しかも、その3年間の間に彼女とまたそう言うことになったのなら、その後執事になった俺には知らされるはず。
つまり…執事の俺が知らないと言うことは、破談になった別の誰かが居たのか?

瑞稀が…話していない誰かが。

けれどそれも考えにくい。
家族ぐるみでの付き合いが幼少の頃からあって、二人がそう言う仲だと言うことは、両家周知の通りだったんだ。

となれば…やっぱり、あの…子、なのだろうか。



俺の主観的目線だろうか。
真っすぐに智樹君を見つめる瑞稀の横顔が少しだけ歪んだ気がした。



「…会社が潰れちゃって、咲月ちゃんの親父さんが亡くなって。
元々、親友みたいに仲良しだった俺の親父は、一部始終を見守っていたみたいでさ。見兼ねて、うちで二人の面倒を見るって言い出したらしい。
まあ…多分あれだよ。そこは、下心があったって思うけど。うちの親父の事だから。」


俺が眉を下げたらふにゃりと面白そうに笑う智樹。


「でも、そんな下心に勝るくらい、二人とも咲月ちゃんの将来を案じてた。
谷村家に佐治郎さんの『意志』が分かって、咲月ちゃんが“嫁”の候補になるとしても、没落した今、咲月ちゃんを不幸にするって、考えたんだろうね。
だから、親父は、咲月ちゃん達を『家族として』じゃなくて、敢えて、メイドとして迎え入れて借金を返す条件として俺との結婚を約束させたらしいよ?
佐治郎さんも状況が状況だったから、公言はしないって形で納得したんだって。」

「……。」


何も語る事無く口を閉ざしたまま、智樹の話に耳を傾けてる瑞稀。
代わりに俺が口を開いた。


「智樹、それ…聞かされたのいつなの?」
「親父が死ぬちょっとくらい前かな…。」


言葉を一旦切ると自嘲気味に笑って少し俯いた。


「正直、聞かされた時、借金を背負う事は何とも思わなくて。
だけど…『結婚の約束』はキツかったかも。」


智樹は目線は俺たちに向けたまま、ソファの上に胡座をかいて座り直す。


「…咲月ちゃんの俺への愛情は、ずっと『兄貴』だったから。それが分かってんのに金云々で縛り付けとくってね。」


こんな多額でありながら、借金そのものは受け入れて…『約束がキツい』、か。
隣で話を黙って聞いてる瑞稀の掌がグッと拳を作った。

…その拳だけで、瑞稀に智樹の気持ちが伝わっているとわかる。
俺にでさえ…伝わってきているから。咲月ちゃんがどれだけ大切な存在であるのか、と言う、智樹の気持ちが。


『約束』がキツイと思っても、“果たせるかもしれない”と期待を抱く気持ちは拭いきれず、この家だけは残した。


…揺らいでたんだね、智樹も。


だから『一旦離れよう』と思った。


…本当に咲月ちゃんの事を深く想って。