沢山の木々が哀愁を漂わせて色を深める10月下旬


広い広い、お屋敷の

赤い柔らかいじゅうたんを引いた廊下を進んだ奥



広い広い、ご主人様の自室に、初めて足を踏み入れた。





「今日からこのお屋敷で働く事になりました、『鳥屋尾咲月』と申します」





ドアを開けてすぐの所で、頭を斜め45度に下げてご挨拶。



「…『トヤオ』?ふうん…。珍しい苗字だね。」




タブレットに目線を落としたまま、

一番奥の机に深く腰掛けたまま、


興味無さげにそう答えるご主人様である、“谷村瑞希様”は、顔を上げて黒斑のメガネを外しながら伸びをすると、自分の隣にいた執事の薮さんに微笑んだ。



「薮、重役会議、何時から?」

「16時を予定していると秘書の上田さんからご連絡頂きました。」


それに的確に答える薮さん。


私には一寸の興味も無し…か。


まあ…きっとそんなもんだよね、ご主人様って。


眉を下げた、傍の薮さんが「下がって良いよ」と表情で合図を送ってくれる。



心の中で、大きく溜息をついてから、丁寧にまた頭を下げると、「失礼致します」と一言添えて部屋を後にした。


まさかこんなに大きなお屋敷で働く事になるとは思わなかったな…。


木製の飾り彫のある、重みのある白い木枠のドアを丁寧に閉めると、一つため息をつく。





『咲月はお母さんに似て、器量も働きもいいね』



不意に、柔らかくおっとりした声と白ひげを思い出した。


前の…ご主人様がとても丁寧に扱ってくださる方だった、と言うだけなのかもしれないよね。


今度は息を短めに吐いて、それから背筋を伸ばして、絨毯の廊下を螺旋階段に向かって歩き出した。











世界に名だたる、日本屈指のグループ。“谷村グループ”の会長、そしてその跡継ぎである、次男の瑞稀様の住むお屋敷。
私はそこに今日からメイドとして住み込みで勤める事になった。
元々は違うお屋敷に住み込みで働いてたお母さんに習って、私もメイドになって、同じ所で働かせてもらっていたけれど、お母さんが亡くなって、それを追いかける様にそこのご主人様が亡くなって。そうしたら、ご主人様には沢山の借金がある事がわかって、従業員は全員解雇。突然の出来事に途方にくれていた私に、ここの執事の薮さんが声をかけてくれた。


「ちょうど、即戦力になるメイドを探しててね。」



この上なく品良く、柔らかい微笑みを纏う薮さんに、藁をも掴む思いで「よろしくお願いします!」と頭を下げた。



装飾のついた、立派な手すりと共に螺旋状になっている階段をトントンと降りながら、また一つため息をつく。


まあ…いきなりのどん底からのいきなりの地上だから。どんな場所でも衣食住と仕事があれば良いとは思っているけれど。


足を止めて少し振り返り、二階の奥に視線を向けた。


…一度も目が合わなかったな、瑞稀様と。


『トヤオ?ふうん…珍しい苗字だね』


もう少し人間味がある人だったら良かったのにな。