庭で一番の大樹の横に停めていた自転車を出そうとしたとき、サドルに茶色の虫がしがみついているのに気づいた。

「蝉の幼虫だ、これ」靭也はそっとつまみあげると、近くの木の幹にしがみつかせた。

「時期はずれだからだいぶ弱ってるみたいだな。仲間はもうとっくに成虫になったぞ。おい、落ちるなよ。でもこいつ、羽化するよ、今夜」と言った。

 蝉の羽化って見たことある? 

 5年前の靭也の声が脳裏によみがえる。

 そういえば、あの日がはじまりだった。

 靭也にはじめて会った日。

「本当? わたし、見たい。羽化するところ」夏瑛は突然、大きな声を出した。

「びっくりした。急に大声だすから。でも、まだまだ時間がかかるよ。羽化が始まるのはもっと遅くなってからだ、たぶん」

「でも、こんな機会、めったにないし。お願い。お母さんに電話して許してもらうから、ねえ、靭にいちゃん、いいよね?」

 きっと、生きるか死ぬかというほどの、必死な顔で懇願していたのだろう。

 靭也は軽くため息をもらすと「まあ、いいか。ちゃんとお母さんに電話しろよ」と言った。

 
 やった。