他のことは目に入らないようだ。

 靭也が絵筆を握ると、アトリエの空気が一変する。

 少し距離を置いて作品を眺め、それから揺るぎない動作で画布に絵の具を置いていく。

 これ以上ないほどの真剣な横顔。

 夏瑛は絵を描くことを忘れて見惚れていた。

 聞こえるのは、ただ、キャンバスと筆がこすれる音と靭也の息遣いだけ。

 いまこの世界で、ここにいるのは靭也と自分、ふたりだけ。

 このまま時間が止まればいい、夏瑛は心の底から願っていた。