アンバランスな愛情

「僕の好きな人
先生のこと
好きみたいなんだ」

「あ~
階段でいちゃついてた女子生徒か?」

「覚えてました?」

覚えているも何も
スミレだったからな

この相談
のりたくない

俺以外の男にいる
スミレの顔を俺は知りたくない

「名前も知ってるでしょ?
知らないふりしなくても
いいですよ」

杉田はにっこりとほほ笑んだ
でも
目が鋭い

何か嫌な予感がする

「名前?」

「だって放課後
友人と一緒に
先生のところに
遊びにきてるじゃん

名前くらい
覚えているでしょ」

そういうことか

「橘さんで合ってるかな?」

「先生から見て
彼女はどう思う?」

「生徒だけど」

「一人の男としては?」

「俺に聞いてどうするの?

生徒一人ひとりに
男の目で見てたら
保健医なんて勤まらないけど」

「それ本心?」

「どうして?」

「質問しているのは
僕ですけど」

「本心だ」

杉田は笑顔を見せた
今度は目も
笑っている

杉田は席を立った

「安心しました
これで
失礼します」

杉田は頭を下げると
保健室を出て行った

結局
おにぎりを食べられず

午後の授業の鐘が鳴った

…って俺にはあまり関係ないが
教室に戻る生徒の足音を聞きながら
俺は遅い昼食をとった
杉田圭吾

なんか恐ろしい人間に見えた

何かを隠している?
俺の考えすぎ?

それとも俺とスミレの関係を
知っているのか?

知っていて
スミレと関係をもっているのか?

わけが
わからない

もう保健室に来なければいい

そう思った

杉田の顔は
あまり見たくない
「はい
小泉、お金」

順子が瑛ちゃんのジュース代をせがんだ

放課後の保健室では
毎日目にする光景だ

「呼び捨てかよ!」
瑛ちゃんはズボンのポケットから
小銭入れを出す

「2年になったから
いいんだよ」

「どういう理由だよ
意味、わかんねえし

俺、保健医で
井上より偉いんですけど?」

「全然、偉くないしぃ」

「お前のジュース代はない」

「大人気ない人がここにいまーす」

順子が大きな声で公表する

「でもさ
小泉って他の先生たちより
先生らしいよね」

「失礼な言い方だな
それに今頃
おだてても
井上のジュース代は出さん」

「あ~
本当に大人気ないんですけどぉ」

順子は不満そうに頬を膨らませる

瑛ちゃんは笑いながら
仕方なさそうに
小銭をまた順子の上に落とした

「さすが!

小泉が担任だったら
良かったな~」

「やだよ
俺、そういうの嫌い」

「そうそう
そういう反応が担任にも欲しいよね

ノリが良くて
呼び捨てにしても
バシッと返事をくれる先生って
なかなかいないんだよ」

「お前、他の先生も呼び捨てなのかよ」

「いつでも相談しにきていいぞ
とか
教師と生徒は信頼関係が大切だ
なんて
よく口にしているけど

信頼関係を拒否しているのは
教師たちだと思う!」

「うわ
出たよ
自分勝手な言い分」

瑛ちゃんは苦笑いしている
「だってさ
教師って立場だけで
偉そうじゃん

ちょっと冗談を言っただけで
むすっとした顔をしちゃってさ

生徒にいじめられてるって表情に
出すんだ

そんな先生に相談しようと思う?
信頼できると思う?」

「知らねえよ
俺が学生のころは……

やっぱ先生には相談しなかったな
相談しようとも思わなかったぞ

ちなみに
人間だとも思ってなかった」

「ひど!」

「先生にもプライベートがあって
人としての感情があって

生徒の態度や言葉に傷ついて
悩んで

勉強を教える以外にも
恋や遊びがあって…

毎日を生活している
なんて考えなかった

教師にも生活があるって理解したのは
やっぱ自分も「先生」って呼ばれる
ようになってからだ

先生ってのが
仕事で
金をもらって生活する一部でしかない
って気づいてなかった

だから
先生に何を言っても平気だし
許されるとも思った

俺はたくさんの
先生たちを傷つけてきた」

「へえ~」
順子が頷いた

瑛ちゃんってすごい
本当に先生らしいや

保健医じゃなくて
教師になれば良かったのに

「だから
お前らも経験すべきなんだよ

立場が変われば
考え方もかわる

今は先生を傷つけて
大人になって振り返って

そして自分らも
若者たちに傷つけられる」

「え?
傷つけらるのは嫌だ」

「人は他人を愛する生き物だ
それと同時に
傷つけ合う生き物でもある」
「うわ
真面目な話だ」

「やめとくか~
菓子 食って
さっさと帰れ!」

瑛ちゃんは笑う
笑顔だけど
本気で笑ってない

「すみれはいいよ
保健室で待ってな」

順子はそう言って百合子と
保健室を出ていった

久美先輩は3年生になって
保健室には来なくなった

彼氏ができたようだ

瑛ちゃんより
彼氏に夢中だと嬉しそうに話していた

瑛ちゃんと二人きりになった

「顔色悪いな
どうした?」

「うん 生理中」

「痛い?」

「それなりに」

「薬は?」

「飲んでない」

「飲むか?
それとも横になるか?」

「薬飲みたい」

「ほら」

瑛ちゃんは私がいつも使っている
痛みどめを出してくれた

コップに水を入れてくれる

私は薬を飲むと長テーブルに顔を伏せた

「腹
温める?」

「カイロなら
もう貼ってる」

「そうか」

瑛ちゃんは私の頭を撫でてくれた

優しくて温かかった

私は
瑛ちゃんが好きだ

「つらいなら
家まで送ろうか?」

「そんなこと言ったら
私、甘えちゃうよ」

「痛いときくらい
いいんじゃねえの?」

「じゃあ
お願いしようかな」
私は学校の北門で
瑛ちゃんの車が来るのを待った

お腹の痛みは
薬がきいて
すっかり楽になった

あとは体のダルさが
抜けるといいな

「君、橘すみれさんだよね?」

北門に近づいていくる
長身の男が
私に声をかけてきた

私は男の顔を見た
なかなか端正な顔立ちで

見た目は爽やかな青年って感じだった

「あなた誰ですか?」

「俺はこういう者です」

長身の男は名刺を私に
差し出してきた

「大河原探偵社?」
私は声をあげた

「そう
俺は社長の大河原龍之介
君に話があるんだ」

「え?」

私は警戒した
いきなり探偵の社長で
話があるって言われても

困る…ていうか
あやしい

私は後ろに身をひいた

しかし大河原さんは
私の腕を掴んできた

「すぐそこに車を止めてあるんだ
行こう」

「ちょっと」

「ここで待っている男のことついて
話がある…って言ったら
来る?」

「はあ?」

「君が待っているのは
小泉瑛汰
この高校の保健医で

本名は松川瑛汰

2月に谷山桜の家に行き
ただいま同棲中

どう?
俺、詳しいでしょ?」

「詳しいって…
言われても」

「大丈夫
君のお姉さん
数学教師の谷山真琴が
家に帰る前には
ちゃんと家に届けてあげるよ」
私の抵抗は空しく

大河原さんに引き摺られるまま
車へと連れて行かれた

いったい何が起きたのか

私にはわからなくて

何で
探偵社の人が
私の前に現われて

どうして私の腕をつかむのか

瑛ちゃんのことで
話があるって

言うけど
それが真実なのか

嘘なのか

そんなこともわらかないまま

私は
大河原さんの車の助手席に放り込まれた

「それと
携帯の電源
落としてくれる?

どうせ
松川 瑛汰から
電話がかかってくるだろうから

君が
北門にいないって知ったら
驚いて
すぐに電話してくるよ」

「嫌です」

「…どうしても?」

「嫌です」

「わかったよ
じゃ、電話が鳴っても
出ない
そういう約束は?」

「嫌です
電話があれば
出ます

それで見ず知らずの人に
連れて行かれたと言います」

「そればまずいよ

君を追いかけたことを
谷山桜が知ったら

松川瑛汰の守りたいものが
崩れるよ?

それでもいいの?」

この人はいったい
何なの?

何で
こんなに
瑛ちゃんや私や
お姉ちゃんのことを
知っているのよ

おかしいよ

「わかりました
メールだけさせてください

一人で帰れるからと
小泉先生に知らせますから」

「それなら
俺も文句は言わないよ」

にっこり笑う大河原さんの顔は
冷たい表情をしていた
保健室の掃除をして
部屋の戸じまりを確認してから

俺は保健室に鍵をかけた

車に乗り
スミレと約束をした北門に
車を停めた

しかしスミレの姿は無かった

送ると言ったし

それに
スミレも了承した

いないはずはないのに

生理といっていたし
どこかで
貧血でも
起こしているのだろうか

それとも
痛くて動けなくなっているのだろうか

俺は
車から降りて
周りを見渡した

目の届く範囲には
スミレの姿は見えなかった

運転席に再び座り
鞄から携帯を取り出した

開くと
一通のメールが届いていた

『ひとりで帰れるから
帰るね』

本文に絵文字もなく
文字だけの
言葉で
送られてきていた

本当にスミレの文だろうか?

ふと
そんな風に
思ってしまう

いつも絵文字を使って
可愛いメールなのに

文字だけとは
違和感がある

車のドアを閉めると

スミレに電話した

声を聞いて
元気であるのか

確認したかった

『おかけになった電話は…』

なんの感情もない
アナウンスが流れた

電源を切っている?

ますます
怪しく感じる

スミレは電源を切ったりしないのに
気になったが

携帯に出ない以上
どうすることもできない

かといって
スミレの家にまで行って
確認するのも

気が引ける

桜さんに
家に行ったと
知られたら
どんな行動にでられるか
わからない

家の駐車場についたら
もう一度
スミレに電話してみようと

俺は思った

車を発進させると
俺は
桜さんの家に戻った