「こういう話は難しくて事件にもよるんだけどね。…1つの実例を挙げると…
今から10年以上前、とある小学4年生の男の子が同じ小学校に通う6年生の男の子1人と5年生の男の子1人、女の子1人を殺害した事件があったの。」
衝撃的な話題に、クラス中が騒ついた。
「え?小4が殺人?」
「しかも年上殺したの?3人も?」
クラスメートたちは私を含めみんな驚いていた。
「当時この事件は世間を震撼させたわ。何せわずか9歳の男児が3人もの人を殺したんだから。」
先生は真面目な口調で続けた。
「それで、その加害者の少年がどういう処分を受けたのかというと…
まずは、さっき言った児童相談所に送致されて、その後、児童相談所は家庭裁判所にその少年を送致したの。」
『児童相談所→家庭裁判所』という風に分かりやすく黒板にまとめながら説明をする先生。
「法律ではね、原則14歳に満たない『触法少年』の罪は罰しないことになってるんだけど、この事件に関しては殺人だから裁判にもなったのね。…それで、その少年に下された処分は、『児童自立支援施設』への送致。」
そう説明した先生は、『家庭裁判所』と書かれた横に矢印を書き、その横に『児童自立支援施設』と書き足した。
聞いたことのない言葉に首を傾げる私。
クラスのみんなも頭にクエスチョンマークを浮かべている。
「児童自立支援施設っていうのは、簡単に言うと犯罪とか不良行為をした児童を入所させて、文字通り自立を支援する施設のこと。
少年の矯正を目的としている少年院とはまた別の施設なの。」
先生がそう説明すると、
「先生」
如月さんがまた手を挙げた。
「3人も殺したのに施設で守られたんですか?その子。大人だったら絶対死刑なのに…おかしくないですか?」
如月さんの若干怒ったような言い方に最初は少し驚いていたが、クラスメートたちは確かに…とみんなが徐々に共感していく。
「そうね。年関係なく殺人は許されない。いくら少年法で守られたところで、加害者とその親は一生かけて被害者遺族への償いをしなければいけない。だから、皆さんは決してこの事件の少年のように道を誤ることが無いよう、命の大切さをしっかりと学んでほしい。」
そう言って、先生は廊下側の端の席から順にプリントを配り始めた。
回ってきたプリントには『命の尊さについて』と大きくタイトルが書かれていた。
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その日の帰り道、一緒に帰っていたリサがふとさっきの先生の話を切り出した。
「ねえ、さっき先生が言ってた事件やばくない?9歳で殺人って…しかも年上を3人も!」
すると、カリナもシュリも確かに!と頷き、カリナはスマホをいじり始めた。
「てゆーかさ、そんな前代未聞のヤバい事件なのにドキュメント番組とかで一切見たことないのなんでなのかな?」
と、シュリが言うと、リサと私はそういえば…と顔を見合わせた。
すると、カリナが何かを見つけたらしく、スマホの画面を私たちに見せた。
「多分これじゃない?『四季山小児童殺人事件』。小学4年生が同じ学校の高学年の児童3人殺したって書いてるよ。」
カリナのスマホの画面をじーっと見た後、私はカリナにちょっと触るねと言って画面をスクロールした。
『〇〇〇〇年5月4日、〇〇県四季山市の四季山小学校で、小学4年生の男子児童(9)が同校に通う小学6年生の田崎大斗(タザキダイト)さん(12)を刺殺、翌日5月5日、小学5年生の石江海也(イシエカイヤ)さん(10)を階段から突き落とし殺害した後同じく小学5年生の鷹峯愛乃(タカミネマナノ)さん(11)の首を絞め殺害した。
5月13日、警察はこの事件の犯人が上記の小学4年生の男子児童だと特定し、この児童は児童相談所へ送致された。』
「殺害方法バラバラだね…てゆーか、13日までよくバレなかったよね…」
シュリが驚いたような声で言った。
「…で、この少年、その後小6まで施設に入れられて…中1からは名前変えて引っ越してどこかでフツーに生活してるらしいね。」
私が記事を読みながら言うと、シュリは眉をひそめた。
「こっわ…更生期間2年って…ちゃんと更生してるわけ?」
「だよね。また同じような事件起こす可能性だってあるよね。…てゆかこの事件ほんとなんでテレビでやらないのかな?」
カリナがさっきシュリが言ったことと同じ疑問を呟いた。
「多分…これじゃない?」
リサはいつのまにか自分のスマホでも事件のことを検索していた。
私たちは今度はリサのスマホ画面に注目する。
『少年Aは田崎さん殺害理由を、「自分の友達をいじめたから」と供述。いじめの有無を確認すると、確かに田崎さんは少年Aの友人に対しいじめをしていたという。
また、石江さん殺害理由については、「石江さんが駅前のコンビニで万引きをしているところを目撃し、脅されて口止めされたから」と供述。防犯カメラの映像から、石江さんが万引きをしていたことが判明した。
そして、鷹峯さん殺害理由については、「飼育小屋のウサギに水をかけるなどの動物虐待をしていたから」と供述した。
鷹峯さんのクラスメートによると、鷹峯さんはクラスメートに対してもいじめをしており、友人に「ウサギ小屋の近く通るの臭いんだけど。死ねばいいのに。」などと発言していたという。』
「…うっわぁ…何この被害者たち、同情出来ないんですけど……」
シュリが引いたような口調で言った。
「被害者がこんな問題児ばっかだとね…視聴者は加害者は勿論被害者のことも叩くだろうし…そりゃテレビでやらずに風化させるわね。」
と、カリナも納得したように言った。
「そーいえばさぁ、加害者の少年の名前とかって書いてるの?」
シュリがリサのスマホを見ながらリサに尋ねた。
「えー、どーだろ?調べてみよっか?」
そういうとリサは『四季山小児童殺人事件 犯人 本名』と検索した。
しかし、出てきた名前を見て、私は凍りついた。
『四季山小児童殺人事件の犯人の本名は、「宮川 来真」』
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あの後、リサたちと別れると私は走って家に帰った。
そして、改めて自分のスマホで四季山小児童殺人事件について調べてみた。
よく考えたら、加害者の少年が当時小学4年生だったのなら、計算すると、お兄ちゃんと同い年だということに気がついた。
お兄ちゃんと同い年で、名前が『宮川 来真』…。
お兄ちゃんは友達の『宮川 来真』を、一番仲のいい友達だったが小4の時に死んだので代わりに卒業証書を受け取ったと言っていた。
小4の時に死んだのなら同姓同名の別人なのだろうか?
それとも、本当は彼は死んでいなくて今でもお兄ちゃんと交流があるけど、元犯罪少年だから死んだことにして誤魔化したのだろうか?
後者だとしたらお兄ちゃんが危ない…!
きっとお兄ちゃんは優しいから、友達が犯罪を犯したとしても見捨てなかったのだろう。
卒業証書を代わりに受け取ってあげるほどなのだから…
でも、どうして代わりに受け取った証書を宮川来真に渡さなかったのだろうか?
事件以降会ってはいないのか?それならいいんだけど…。
でも…ただ単に宮川来真が小学校時代を思い出したくなくてお兄ちゃんから受け取りを拒否している可能性もあるのだろうか?
事件当時生まれていなかった私には何もわからないが、もしお兄ちゃんの友達の宮川来真さんと、四季山小児童殺人事件の犯人の宮川来真が同一人物なら、私はお兄ちゃんに元犯罪少年との縁を切るように言わなければいけない。
私は自室を出ると、隣のお兄ちゃんの部屋をノックした。
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あの後、私はお兄ちゃんに事件の話をして、もしお兄ちゃんの友達があの元犯罪少年で今でも関わりがあるのなら縁を切ってほしい。
お兄ちゃんが危険な目に遭うかもしれないと思うと怖い。と頼んだ。
しかし、お兄ちゃんは笑いながら否定した。
『へえー。同い年で同姓同名って…そんな事あるんだな。でもサユ、俺の友達のライマは亡くなったんだよ。死んだ子が殺人なんか出来っこないよ。俺のこと心配してくれてありがとな。』
お兄ちゃんから直接そう聞いて一時は安心した私だったが、夜、トイレに行きたくなり起きた時、ゴミの古新聞と一緒に置いてあったあの卒業証書が目に付いた。
筒から取り出してもう一度見てみたのだが、最後の一行にしっかりと書かれていた。『四季山小学校』と。
やっぱり殺人犯の宮川来真はお兄ちゃんの友達だったんだ…
私はショックだった。
朝起きてすぐ、お兄ちゃんに昨日のことをもう一度聞こうとしたが、お兄ちゃんは朝早くから仕事に行ってしまっていた。
ああ…早く帰りたいな…
帰ってお兄ちゃんにきちんと言わなきゃ。
もうこれ以上犯罪犯した人と付き合わないでって…
お兄ちゃんのことを気掛かりに思いながら、私は教室の戸を開けた。
「リサおはよ!」
いつも通りリサに挨拶をする。
しかし、いつもなら笑顔で挨拶を返してくれるリサは、なぜか私の顔を見て気まずそうに目を逸らした。
「…?あ、カリナ、シュリ、おはよ…」
今度は今教室に入ってきたカリナとシュリに挨拶した。しかし、2人もリサと同じように、私を無視した。
「…あの、私、何かした?ねえ、リサ?…カリナ?シュリ?」
戸惑う私を無視し続ける3人。
すると、
「うっわぁかわいそー中橋さん達。あんな奴に絡まれてさ。」
クラスメートの女子がいきなりそう言って私を睨みつけた。
「…なんでそんなこと言うの?私はリサ達の友達だよ?そのこと知ってるよね?」
私がそう言い返すと、その女子生徒はチッと舌打ちをした。
「友達って…あんた、よくそんなこと軽々しく言えるよね。中橋さん達の顔に泥塗ってるようなもんじゃん?」
「は…?何それ…意味わかんない…」
支離滅裂な悪口を言うクラスメートに、私は怒鳴りたいのを我慢する。
「うっわあ…自覚無いとか一番タチ悪いわ。…まあいいわ。わかんないなら教えてあげる。
あのさあ、昨日先生が言ってた事件の9歳の殺人犯、あれ、あんたの兄貴だから。」