私、胡桃沢和香(くるみざわわか)は、乗ったフランス行きの飛行機の中で静かに泣き続けていた。

私はイギリスの名探偵の子孫、シャーロック・ホームズさんとその相棒であり私が看護師として働いていた診療所の医師であるジョン・H・ワトソン先生と一緒にロンドンのベーカー街で住んでいた。

しかし、二人の様子がおかしくなって調べてみると、私がある犯罪者に狙われていることがわかった。私は、二人に守られていたんだ。それを知り、私は二人から離れることを決めた。

フランスの首都、パリに飛行機は到着した。イギリスからは隣国なため、すぐに着く。

多くの観光客が笑顔を見せる中、私はゆっくりとした足取りで入国手続きを済ませた。空港の職員に怪しまれなかったことが奇跡なほど、私はひどく落ち込んでいるとわかる。

フランスは、幼い頃に写真で見て行ってみたいと思った国の一つ。ルーブル美術館やヴェルサイユ宮殿、おいしい料理に絵本の中のような街並みーーー。本来なら、胸を弾ませているはずなのに今の私は……。
「……ッ!」

目の前がぼやけ、また泣いてしまう。どれだけ泣いても悲しみは癒えなくて、傷ばかりが広がっていく。自分が選んだ道のはずなのに、どうしてこんなにも胸が痛むんだろう……。

「和香ちゃん!大丈夫?」

涙をこぼし続ける私の肩に、ふわりと手が乗せられる。久しぶりに聞く日本語と懐かしい体温に、私は体を震わせる。

「園子ちゃん……」

私は人の目もはばからず、幼なじみの羽馬園子(はばそのこ)ちゃんに抱きついた。



しばらく園子ちゃんに抱きついて泣いた後、私は園子ちゃんに連れられて空港から出た。空港から出ると、イギリスとは違った空気が私を包んだ。

「今ね、パリの街並みを色々撮ってるの。和香ちゃんにパリを色々案内するね。色んな観光地とかも見て回ったから知ってるよ〜」

園子ちゃんが私を元気付けるように笑う。私もぎこちなく微笑んだ。

園子ちゃんは、世界中を飛び回っているカメラマンだ。世界各国の色んな素敵なところを知っている。
園子ちゃんがベーカー街に来た時は色んなトラブルがあったけど、ロンドンを一緒に観光した時は楽しかった。懐かしい……。

「とりあえず、おいしいスイーツでも食べに行こうよ!こういう時こそ甘いものでしょ!」

ホームズさんとワトソン先生のことは、園子ちゃんにきちんと話した。その時に園子ちゃんは「こっちにおいでよ。ちょっとリフレッシュしよう?」と言ってくれたのだ。園子ちゃんは私のためにいつもより明るく接してくれる。

「フランスのおいしいスイーツってどんなものがあるの?」

「う〜ん。フランスはおいしくて可愛いスイーツがたくさんあるからな〜。フォンダンショコラとか、モンブランとか、オランジェットにマカロンもおいしいし!」

「楽しみ!」

華やかでおしゃれな服装をした人たちが行き交う街を歩く。ただの街の風景でも写真に収めたくなるほど、パリの街並みは綺麗だ。

園子ちゃんに案内され、おしゃれな木造のカフェに入る。フランス語で店員さんが微笑みながら何かを言った。たぶん、「いらっしゃいませ」かな?
私は英語と日本語以外話せない。街並みは綺麗でおしゃれだけど、フランスにいることを少し後悔した。

フランス人は、「フランスにいるならフランス語を話せ」という考えだと聞いたことがある。あと、歴史的にイギリスと何度も対立しているから英語を話したがらない人が多いってフランスに旅行したことがある人が言っていたような……。

「和香ちゃ〜ん!どれにする?」

園子ちゃんがメニューを見せてくれたけど、当然メニューに書かれているのはフランス語。私は「読めないよ」と苦笑し、スマホの翻訳機能を使うことにした。

「う〜ん……。じゃあ、アッサムとシュークリームにしようかな」

私がそう言うと、フランス語を同じく読めない園子ちゃんも「私は、ディンブラとマドレーヌで!」とスイーツと紅茶を選ぶ。

園子ちゃんは、少しだけフランス語を勉強したようで、何とか注文することができた。ホッとし、私は園子ちゃんにフランスでの話を聞かせてもらう。
「フランスに着いた初日から電車がストライキ起こしちゃってさ〜。フランスはストライキ大国で、必ずストライキがあるんだよね〜」

「それは大変そうだね」

「観光地も、ストライキでゆっくり見れなかったところもあったし」

「じゃあ、一緒に行こうよ。色々教えてほしいし」

そう日本語で話していると、どこの国の人だろうと言いたげな目をした店員さんが頼んだ紅茶とスイーツを持ってきてくれた。

「メ、メルシー」

辿々しいフランス語で何とかお礼を言い、シュークリームを一口食べる。シュークリームはフランス語ではシュー・ア・ラ・クレームと言うらしい。ちなみに、英語ではクリームパフ。

「おいしい……」

「こっちもおいしいよ!一口あげる」

カスタードクリームの甘い香りに、私は少しだけ頰を緩めることができた。とてもおいしく、紅茶によく合っている。

紅茶といえば、ホームズさんやワトソン先生の淹れてくれた紅茶はとてもおいしかった。もう二人の紅茶を飲めないんだ……。
寂しさが込み上げてきそうになったその時、私の胸がドクンと音を立てた。それは、寂しさをかき消すほどの嫌な予感だった。

誰かに強く見られている気配がして、私はカフェの中を見回す。しかし、そこには幸せそうにスイーツやコーヒーなどを楽しむ人たちの姿しかない。しかし、鋭い視線は私に突き刺さっていく。

なぜか、怖くて体の震えが止まらなくなる。フランスに来れば安全だと思っていたけれど、今、自分を守ってくれる人はいない。自分で自分の身を守らなければならないんだ。

そのことを園子ちゃんに悟られないように、私は笑顔を作った。