これは、私の戦い。
いつまでも、人形でいたくない。
私の意思は、私のものなのだから。
「言うようになったな」
「殿下っ…」
近づいてきた殿下に抱き込まれた。
今までにない楽しそうな顔。
「そういうのは嫌いではない。俺は何をすればいい?」
「殿下は…黙って見ててください。そして、離れてください…」
「なぜだ。俺の妻なのだろう?近づいて何が悪い。昨日裸で抱き合った仲ではないか」
「そ、それは殿下がお風呂で勝手に…」
「今日も洗ってもらおうか。今度は全部」
「ぜ、絶対イヤですっ‼︎あっ、病み上がりなので…」
「俺を拒否する女もいるんだな」
どれだけ自信過剰なの。
でも、殿下がどんな人なのか、少し分かった気がする。
「手が痛くて使い物にならないのだが?」
「そ、それならメイドに…」
「誰が、俺の指をかじったんだったか」
「卑怯です…」
「では、風呂の準備をしてもらおう」
やっぱり、最低だ。
少し見直したのに…。
なぜか私は今日も殿下と大きなお風呂に入っている。
どうやら、頭を洗ってもらうことがお気に召したようだ。
「これ、寒いのですよ…」
「来い。温めてやる」
「大丈夫です。自分で温まります…」
離れて入ると、とても不満そうな顔。
その目、怖いんですってば…。
誰か殺しそうな目をしてるの…。
「遠いな」
「タオル奪われると困ります…」
「昨日見たと言っただろう」
「殿下も隠した方がいいですよ、ソレ…」
「ソレとは?よくわからかいな」
「えっ、最低ですか」
「お前、よく今まで黙って親に従ってきたな…」
「だって、強くならなければここでは生きていけないと思ったのです。変わる努力をしてるのです」
「そうか、いいと思うぞ」
褒められた…?
殿下も誰かを褒めることがあるのか…。
なんか、痒い…。
「先に出るぞ」
「お着替えは?できますか?」
「こんなもの、怪我のうちにも入らん」
えっ、お風呂に入ってから言う…?
着替えてから部屋に戻ると、水が用意されていた。
「大丈夫だ。俺が飲んで確かめた」
「えっ、殿下が毒味を…?なんて事するのですかっ‼︎何かあったらどうすればいいか…」
昨日の殿下のように、すぐに対処できない…。
差し出された水を飲むと、殿下の言った通り、大丈夫だった。
無言の圧力かけられた…。
「怖くないか…?」
「怖いです。口にするもの、全てが怖い…」
「冷めた食事しかできなくなるが、全てのものに確認作業を付け加える。毒を見分ける魔導士がいるから、頼んでおく」
「ありがとう、ございます…」
ポタっと涙がこぼれ落ちてしまった。
泣くつもりなんかなかったのに。
殿下が珍しく優しい言葉なんかかけるから…。
「この先のお前の行動、見せてもらうぞ」
「はいっ‼︎」
ポンっと頭に乗った手。
大きくて、暖かい。
皇后様が言っていた『根は優しい』ってやつかしら。
本当は、優しいのかもしれない。
【フィンリューク】
アリスにしばらく来ないで欲しいと言われた。
何様なのだ、アイツは。
だけど、アリスの初めての『意思』は受け取らせてもらった。
俺は見守りに徹する。
「もし、証拠や自白があった場合は?」
「殿下の身を脅かす存在と認定し、処罰されますね」
「それでは俺の統率力が疑われそうなのだが」
「あなた、あの人数しかいないのに統率できてます?」
「でき、てないかもしれないが…。だから女は嫌いなのだ‼︎」
「後宮なんてつくるからでしょう…。被害に遭われたアリス様が待てと言ったのなら、ワンコのように待ってみればいい」
「アレンが選んで連れてきたのではないか‼︎」
「それでいいと、最終判断を下したのはあなたでしょう、フィンリューク」
妃の最高管理は宰相であるアレンの仕事。
ワンコって、なんだよ。
俺はこんなに腹が立っているのに。
噛まれた指がズキっと痛む。
相当強く噛まれたようだが、これは俺が招いたこと。
俺も一緒に痛みをわけられなければ気が済まない。
だから治さずに、そのままにしている。
実際、執務の進みが遅くなっているがな。
「ジェード、アリスの様子は?」
「昨日、お茶会を開くと他の妃に手紙を送っていました」
「それはいつになるのだ」
「1週間後とのことです」
「長い‼︎」
「宰相にも『待て』といわれたのでは?」
「俺は犬じゃない‼︎」
なんなんだ、妃って。
本当にめんどくさいな。
どれでもいいから子ども作ればいいんだろ?
なぜ俺がこんなに気を使わなきゃならないのだ。
「仕事してください、殿下」
「やる気が出んのだが」
「明日は騎士団の視察ですよ…」
「そうだった。久しぶりに城から出るな」
「騎士といえば、アリス様の兄が騎士でしたね」
「どこの所属だ?」
「わかりません。名前を聞かないので、目立った感じではないですよ、たぶん」
ジェードにしては珍しく答えられない質問をしたようだ。
疲れてるのだな、ジェード…。
俺が負担をかけすぎているのだろう。
後宮には顔を出さず、次の日は騎士団の訓練を見る。
「今年はどんなのが入ったのだ?」
「元気なのが10人ほど。弟であるアレクサンダー様も、先輩になりましたな」
「最近アレクに会ってないので、少し話をしたい。時間はあるか?」
「訓練が終わったら休憩ですので、お呼びいたします」
俺が任されている騎士団は、5つの部署でできてきて、それぞれに団長、副団長がいる。
実力主義の騎士団は、入るのが難しいのだ。
兵士や警備隊が、毎年試験を受けても受かる者は数人。
超難関の試験を、最年少で突破したのが、俺の隣にいるジェードなのだ。
「これはこれは、お久しぶりです、殿下」
「ファーガス団長、いつ戻られた?」
「昨日ですよ。今まで陛下に報告に行っていたので。出迎えもできずに申し訳なく思っております」
「妹は元気であったか?」
「えぇ、それはもう。なんか、パワーアップしていたような気もいたしました」
全ての騎士団を纏めているのが、このファーガス団長。
父上から信頼されている、陛下直属の部下なのだ。
先日、妹が嫁いだ国からの連絡があり、父の代わりに遠征に出ていた。
「ファーガス団長が不在で、父との言い争いを止めるものがアレンしかいなくて困っていた」
「それはそれは、アレンの苦労が身に染みますな」
「最近よくぶつかるのだ…」
「それは陛下が殿下に期待しているからにございましょう」
そうだといいのだがな…。
訓練を眺めながら、ボーッとしてしまった。
本当、どうして後宮なんて面倒なものを作ってしまったのか…。
まず、結婚自体が嫌だった。
女に私生活に入り込まれることも、出来る限り遠慮願いたい。
『従順な女ならいい』という俺の言葉で選ばれた3人は、父親が『裏切る心配のない者』ということが前提のようだった。
それから、街での噂や見た目など、アレンの独断で選ばれて、名前と経歴だけを見せられた俺が選ぶのが面倒で全員連れてきた。
結果、完全に失敗した。
ただ面倒が増えただけ。
久しぶりに腰にある剣を抜き、ファーガス団長と手合わせ願う。
剣は好きだし、馬も好きだ。
第一皇子じゃなかったら、きっと騎士をめざしていた。
「ケガなんかしないでくださいよ‼︎」
いい運動になればいいと思って始めたが、最終的には本気になって。
重いファーガス団長の一撃で手合わせ終了。
「さすがですね、殿下」
「何を言う。体が鈍りすぎていて話にならない…」
「殿下…?血が…」
「ん?」
ファーガス団長に言われて手を見ると、包帯が真っ赤に染まっていた。
あっ、そうだった。
深いところは縫ってもらっていたのだった…。
「怒られるヤツです、それ」
「ジェード‼︎縫合してくれ‼︎」
「ムリ言わないでください…。私にもできないことはありますよ…」
傷口が完全に開いた。
治んなくなるヤツだ…。
「兄上っ‼︎」
絶対医者に怒られると肩を落としていたら、久しぶりの弟との対面。
末弟のアレクサンダーは、とても武道に優れている。
幼少の頃からの望みの騎士団には、去年やっと入れたのだ。
「ちゃんと食べてるのか?細くないか…?」
「食べてますよ。食っても食っても痩せるんです。ファーガス団長のせいで」
相当キツイらしいな、騎士の訓練…。
背も、俺と同じくらいになった。
可愛かった弟が、逞ましい…。
アレクと俺は、とても似ている。
ただ、アレクは俺よりもずっと優しい。
「僕の馬を見てください‼︎」
久しぶりの弟とのひとときは、馬を見たり昼食を一緒に取った。
俺が死ねば、父上の後を継ぐのはきっとアレク。
もうひとりの弟は…ないな。
「お前、最近レオナルドに会ったか?」
「レオ兄様?まぁ、そうですね…会いましたね…」
「何をしてるのだ、レオは」
「いやぁ、兄上に言ったらまた兄弟喧嘩に発展しそうなので…」
「言え…」
「街で出会った冒険者たちとドラゴン探しに…行きました…」
「…………ハァ」
「兄上の気持ちもわからなくはないですよ⁉︎でも、ほら、ドラゴンに会うのってレオ兄様の長年の夢だったので‼︎」
ある日突然城から出て行ったレオナルドは、『修行してくるよ』と一言だけ置き手紙を残した。