パサリとかけられたタオル。
「このまま部屋に行くか?」
「えっ、ムリです…」
「ならば立って着替えて欲しいのだが」
「立て、ない…」
「はははっ、なら少し座っていろ」
髪を乾かす時に座るイスに下され、タオルで包まれた。
頭がボーッとする…。
アレ、怖い…。
噛まれるの、気持ち良すぎて怖い…。
うとうとしていたら、着替えの終わった殿下に抱き上げられた。
「風邪を引く前に部屋に戻る」
「や、このまま、ヤダっ‼︎」
「湯当たりだとでも言っておく。寝たふりしとけ」
有無を言わさぬ殿下は、タオルに包まれた私をそのまま部屋まで連れてきた。
管理をしているメイドには、『長湯しすぎたようだ』と言って黙らせる。
恥ずかしくてお風呂行けない…。
部屋のソファーに下され、髪を殿下の魔法で乾かしてもらって。
「抱いてくれと言っているのか?」
「言ってないです…。とても、眠くて…」
「本当にのぼせたか。水飲め。あっ、飲ませてやろう」
楽しそうな殿下は口移しで私に水をたっぷり飲ませたと、思う。
気がつけば朝になっていて。
殿下が眠る隣で目覚めると、何も着ていない私の身体。
しっかりと布団に包まれ、更に部屋には暖房が入っていて。
殿下の優しいところにまた触れた気がする。
早く服を着ようとソッとベッドを抜け出し、目に入ったバスローブを手にした時、私の目に入ったのは無数の赤い何か。
首に、胸に、お腹に、足に…。
これ、なに…?
腕にまである。
その時、気配を感じてバスローブを慌てて羽織った。
「で、殿下…」
寝起きの殿下が、そのまま私を抱きしめた。
機嫌、とてもいいみたい…。
朝は基本的に殺人鬼の目をしているのに。
「どうだった?」
「な、なにがですか…?」
「俺のキスマーク」
「は…?」
「遊ぶと言ったのに、寝たアリスが悪いのだぞ?だから、寝てるアリスと遊んでやったのだ」
「えっ、キスマークって…?」
「コレ。強く吸えば着く」
首の赤い痕をトンっと指さされた。
あの、全身の赤い痕跡ですかっ⁉︎
ん?
全身にあったのだけど?
「殿下…私に…何したっ…」
「起きたらお前が恥ずかしすぎて泣くかと思ったら、止まらなくなったのだ。だから、とりあえず全裸をじーっくり眺めてからその痕を付けまくった」
「じっくり…?」
「あぁ、白くて、キレイだったが」
「あわわわわっ…」
「その赤い痕は…全部俺がキスしたところってことだな」
「さ、最低っ‼︎普通、意識がないのにそんなことしますかっ⁉︎」
「だからいいのではないか。絶好の悪戯チャンスだったぞ」
頭おかしい‼︎
この人が次の皇帝になるの⁉︎
この帝国、絶対滅びるわよ⁉︎
「はははっ、では、また夜に来る」
「来なくていいですっ‼︎」
笑って出て行った殿下を睨んだけど、こういう行動も殿下のツボを刺激するのだろうな…。
無表情でいようかな…。
朝から疲れて、ソファーに座れば大きめの紙袋がひとつ。
殿下の忘れ物…?
中を開けると、私が好きだと言った色とりどりの飴が袋いっぱいに入っていた。
あの男、本当に卑怯者。
【フィンリューク】
父上が戻ってから、自分の仕事を終わらせる速度が上がったように感じる。
あの激務を乗り切って身につけたスキルのような、そんな気がするのだ。
「殿下、こちらの書類も目を通して」
「終わった。各部署に届けてくれ。他にはあるか?」
「いえ、今日はこの書類で終わりです」
「よし、明日の会議の資料を探してくる」
「殿下…、有能になりましたね…」
「元からだが?ジェードくんは私を誰だと思ってるのかね」
「今までサボってたということですね、皇子殿下」
「…………」
「では、後はお好きに」
久しぶりの会議に向け、多数の案をまとめた。
俺、できる男になっている…。
おかげで早い時間から暇になった。
「アリスの元へ行く」
「あまり泣かせないでくださいよ…。結婚式の話し合いが入って来るので、不仲では話が進みませんから」
「夫婦仲は良好だ」
「…………おいたわしい」
夕食の前にアリスの元へ来た。
ヒナが開けたドアから顔を出すと、ものすごーく嫌そうな顔。
それが見たかった。
「夕食はいかがしますか?」
「部屋で取る。運んでくれ」
「かしこまりましたー‼︎」
ヒナが準備をしに行って、ソファーに座って本を読んでいたアリスの隣に座った。
甘い匂い…。
「何味?」
「いちご…」
「ふぅん。うまいか?」
「あげ、あげませんからねっ⁉︎」
俺が大量に買ってやった飴を食べているアリスが、本を閉じて俺から離れた。
そうやって逃げるから追いたくなるのに。
アリスは俺を煽る天才だな。
「なぁ、妃よ」
「はいっ?」
「結婚式には俺が最初に贈ったアクセサリーを着ける風習があるのだが、俺はお前に何か送った記憶がない」
「えぇ、いただいた記憶もございませんからね」
「何がいいのだ?」
「それは…殿下が考えればいいのでは?そういうものですよね…?」
「ヒントくれ。欲しいものの」
「…………イヤです」
「は?」
「ご自分で考えてください。私のことを考えて。一生懸命、考えてください」
なんだよ、それ…。
女になにか贈ったことがない。
なにをあげれば喜ぶのか、全くわからない。
「なら、その飴をネックレスにでもして首から下げればいい」
「はぁ⁉︎最低ですね‼︎結婚式で恥を描くのはあなたですから、別に構いませんけどね‼︎」
「…………そういうことか」
俺の品格が問われるのか…。
これは悩むな…。
アリスとの食事は、静かなもの。
カチャカチャとナイフの音が聞こえて、なにも話さない。
「怒ってるのか?」
「怒ってます。いつも怒ってますけど、殿下には伝わらないもの」
「何が不満なのだ」
「別にいいです。どうせ、殿下は私のことなんてオモチャ程度としか思ってないこともわかってますから」
「何が言いたいのだ…」
「ひとつ、言うならば…結婚式は女性の憧れです。それだけ」
さっきの贈り物のことか?
珍しく不機嫌な顔をしているな…。
いつもならワタワタしてるのに。
「飴は…嬉しかったです…。殿下も私のことを、少しは考えてくれてるのだと思いました…」
「…………」
「グレンは、優しかった」
は?
グレンも俺なのだが?
なに、訳のわからないことを。
腹立つ。
「つまらない。もういい。部屋に戻る」
「そうですか」
冷え切った夫婦。
そんな言葉が浮かぶ。
うまくいかん。
自室に戻り、アリスのことを考えた。
考えても、考えてもわからない。
自分の感情に任せて、ひたすらアリスを追い詰めるのは楽しい。
それでいいと思ってるし、俺は最近楽しいのだ。
それなのに、なんだあの顔。
そんなに嫌いなのか?
「だぁぁぁぁぁ‼︎」
イライラが収まらず、庭に出て少し歩き、タバコに火をつけた。
話し声が聞こえ、そちらを見れば人影がふたつ。
俺に気づかず、寄り添って歩いて来る。
「えっ?で、殿下っ‼︎」
やっと俺に気づいたふたりは、膝を地面につけて礼を取る。
ここは城内で働く者なら誰でも入れる庭か。
「申し訳ありません、いらっしゃるとは思わず…」
俺が歩きすぎたのか。
この城の中には何個も庭があり、皇族専用の庭や、後宮の庭。
皇后の庭とか、こうして働く者が自由に歩ける庭なんか。
こんな場所には滅多に来ない。
「よい、頭を上げろ」
「はっ‼︎」
「…………何をしているのだ?」
「はい、仕事が終わった彼女を部屋まで送り届けるため、歩いておりました」
「仕事はなんだ?」
「俺っ、私は庭師を‼︎彼女はランドリーメイドをしております」
「遅くまでご苦労だな…」
「もったいなきお言葉っ‼︎」
カップルか。
なんか、楽しそうに歩いてたな…。
「名はなんという」
「ハリーです」
「ふたりは交際しているのか?」
「あのっ…えっと…」
「禁止というわけではないし、仕事が終わっているならなんの問題もないだろう?」
「はい、親しくさせていただいております」
「そうか、似合いのふたりだな」
なんだろう。
自分がひどい男に見えるのは。
あんな風に笑いながら歩いたこと、俺とアリスにはあっただろうか。
これは学ぶいい機会だと思い、ハリーとローズというカップルと、近くのベンチに座った。
「ふたりの話が聞きたい。出会いは?」
「私が洗濯物を風で飛ばしてしまい、木に引っ掛かったところをはしごに登って取ってくれたのがハリーだったのです」
「それで、どうやったら恋愛に発展するのだ…」
「お互い一目惚れと言いますか…。お恥ずかしい…」
一目惚れなんて、俺は絶対しないだろう。
キレイな女なら腐るほど見ている。
アリスは、その中でもトップクラスの美人ではあるが、一目惚れなんかしなかった。
「殿下も、ステキな正妃様をお選びになったと聞きました」
「…………アリスの噂を聞いたことはあるか?なにが好きだとか、どんな色が好みかなど」
「私どもにはわかりかねます。噂では…とても仲のいいご夫婦だと…」
そう言って顔を赤くするローズ。
俺とアリスが一緒に行動したのは式典くらいなもので。
あの、俺がとことんアリスに惚れている演技のことか…。