「思い出したか?」

そうだ。隅に座って、つまらなさそうにしていた男性がいた。私の大好きな空間を少しでも楽しんでほしくて、お花を届けに行ったんだ。

「おじさまだなんて……その節は失礼しました」
「いや、十二の少女に大人の男はみんなおじさまだろう。ともかく、俺はあの瞬間おまえに惚れてしまったんだ。自分でも驚いた。でも、家に帰っても幾子のことが頭から離れなかった。笑顔も声も、すべてが忘れられなかった」

三実さんははにかんだような表情で私を見つめた。表向きの作った笑顔じゃない。

「幾子が大人になるのを待とうと思った。京都の父方に預けられたと聞き、たまに使いの者をやらせて、おまえの成長を見守った。おまえが高校に入った年に、初めて婚約を申し入れた。おまえの親父さんが渋って二年もかかったが、やっと結婚が決まった」

私の頬に三実さんの手が触れる。優しい感触に私の胸は初めて緊張以外でどくんと鳴った。

「幾子、おまえに惚れてるんだ。もう何年も」
「三実さん」
「おまえからしたら、随分年上の夫だ。それこそ“おじさま”だろう。気持ちが通わないと思われても仕方ない。だから、早く子を産ませたかった。子が産まれればその父親も憎くは思わないだろうからな」

からっと笑って言う三実さんに、私はドキドキしながら自分の言葉を紡ぐ。

「私は心を通わせたいと思ってお嫁にきました。仲良くしたいと思って今日まで過ごしています」

頬をつつむ三実さんの手の上から自分の手を重ねる。離れないで、というように。