「ランチが不愉快なんじゃない。日下部諭という血の繋がらないおまえの兄に嫉妬した」

三実さんがはっきりと答えた。
彼の顔を横から見上げると、口の端を自嘲的にあげ、困ったように笑っている。

「八年兄妹として育ったなんて絆、どうやっても割り込めないだろう。俺の方が幾子を先に知っているのに」
「え?私を?」

驚いて見つめると、三実さんが答える。

「おまえが十二、俺が二十四の年だ。おまえの母方の祖父母と俺の母方の祖母が仲が良くてな。当時、色々あって少々くたびれていた俺を母と祖母が子どもたちのピアノ発表会に連れ出したんだ。そこで一番下手だけど、一番楽しそうにピアノを弾いていたのが幾子だよ」
「え?ええ!?」

覚えてはいる。ピアノの発表会のことは。確かにあまり上手ではない私も、ピアノ自体は好きだから、祖父母が主催するホテルのガーデンテラスを使った小さな発表会は好きだった。六年生の発表会の場に三実さんがいたの?

「演奏の後、懇談会みたいなことをやるだろう。端っこで座っていた俺は沈んで見えたのかもしれない。身内の差し金だろうが、おまえはマーガレットを一輪持って俺のところへやってきた。スーツの胸ポケットに飾って言うんだ。『ここにある花で一番おじさまにお似合いの花です。でも、本当はダリアや大輪のバラが似合います』って」

瞬間、ぼぼっと頬が熱くなった。覚えてる……。
顔は輪郭程度しか覚えていないけれど、私、どなたかにお花をあげた……。

「あの、祖父母の差し金ではないです。私の意志で差し上げました」

ぼそりと答えると三実さんが顔を覗き込んでくる。