荷物を置いて、私は彼の顔を見あげた。

「まだ、なにかあるか?」

微笑をたたえたまま、彼はこちらを見下ろす。もう出て行っていいという意味なのはわかる。

「傷、見えなくなりましたね」

頬を見つめて言うと、三実さんはなんでもないというように左頬を撫でた。

「幾子が気に病むことじゃない」
「三実さん、お話があります」

声が震えそうになる。間近で見上げるこの人はやはり怖い。この前の晩の恐怖は簡単に身体から去っていかない。

「ご帰宅された時にお話したいです。お待ちしてます」
「今じゃなくていいのか?」
「ええ」

三実さんの答えを聞かず、私は頭を下げ社長室を後にした。ひとまず初めて自分の主張ができたことに興奮している。鼻息荒く階段を降りた。
これで三実さんと話ができる……はず。


しかし、彼はその後家に帰らなかった。帰ってはいるものの、離れには顔を出さない様子だ。いい加減焦れてきた私の携帯に連絡が入ったのは三日後。

『土曜、出かけよう』

日曜は父や諭が来て、お義父さんと会食だ。三実さんと私も同席のはず。
その前日の土曜でいいのかな。

『わかりました』

私はそれだけメッセージを返した。
三実さんは結局、ほぼ二週間離れには寄りつかず、週末の土曜日を迎えたのだった。