もうそばにいるのはやめました。




最後のダンボールを運び終えた。


ぐっと伸びをして、ひだまりに包まれた部屋を見渡す。



今日からここがわたしの新しい家。


きれいで広くてすてきな部屋。

頑張って選んだかいがあった。



親元を離れて暮らすのは2回目。


今回はやむを得ない事情じゃなくてわたしの意思。



お父さんとお母さんは始めは心配していたけれど、わたしの気持ちを尊重してくれた。



おもむろにバイオリンの入ったシックなケースをなぞる。


バイオリニストだったお母さんがずっと大事にしてきた宝物。


高校卒業と大学入学のお祝いにプレゼントしてくれた。



ありがとう、お母さん。
お父さんも背中を押してくれてありがとう。

このバイオリンと一緒に頑張るよ。



――トントン。


軽快なノック音に扉を開ける。



「これ寧音のだろ?俺んとこに混ざってたぞ」


「わっ、ほんとだ!ありがとう!」



円が持ってきてくれたダンボールを受け取ろうとしたら、部屋の中まで運んでくれた。


そのダンボールの中には、高校を卒業するまで働いていた楽器店の店長からもらったバイオリンに関する本や楽譜やCDがたくさん入ってる。


……から、重いよね。

わざわざありがとう。助かります。





「そういや寧音、こっちの言葉大丈夫なのか?」


「それはもうばっちり!」



言葉は問題ないけど……文化に慣れるのは時間が必要かもしれない。


さっきも街中で普通にほっぺにチューしてたし。

家は靴脱がなくていいし。

春なのに桜は咲いてないし。


これまで日本を出たことのないわたしには不慣れなことがたくさん。



「……あ、ソレが寧音の相棒?」



円の視線の先には、お母さんのバイオリンがあった。


相棒……か。

そうだね。その表現がぴったり。



「そう!お母さんから受け継いだ、わたしのだーいじな相棒だよ!このバイオリンと一緒に大学生活を楽しむんだ!!」



イギリスにある有名な音楽大学。

そこで来週から音楽やバイオリンについて学ぶ。



進路に迷っていたとき、穂乃花ちゃんのなにげない一言で道が拓けた気がした。



『寧音ちゃんはバイオリニストになるんだと思ってた』



お母さんと同じバイオリニスト。

今までそんなこと考えたことすらなくて。


あぁそういう選択もあるんだ、と霧が晴れたようだった。



そのことを円に電話して話したら、円も音大を考えていたことを明かした。



『でも次はどの大学にしようかで悩んでるんだよね。やるならレベル高いところがいいけど、大学の雰囲気も気になるし』

『ならいいとこあるけど』

『え!どこどこ!?』




そのときすすめてくれた大学にまさか円と通えることになるなんて夢みたいだ。



空港まで見送りに来てくれたハルくんとナツくんは、2年前のエンディングのステージのときのように応援してくれた。長期休みには遊びに行くって約束もした。


穂乃花ちゃんには『相松くんとケンカしたらあたしのところにおいで』と微笑まれ、武田くんには『お幸せに~』と冷やかされた。



頑張ろう。
円がそばにいるならなんでもできそう。


同じ夢、目標をかかげてせっさたくまし合える恋人。

……すてきすぎない!?



しかも!

今日からこの家で円と暮らせるし!


同居じゃないよ。同棲だよ。ココ重要。



円から誘ってくれたんだ。

うれしかったなぁ。


相松さんの家とも大学とも近い。防音でもあるしカンペキ。


この家で円と新しい思い出を作っていく。




『おはよ、円』

『……はよ』


『バイト行ってきまーす!』

『いってら』


『ただいま』

『あっ、おかえり!晩ご飯できてるよ!』

『また焦がしたりしてねぇか?』


『今日は早く寝よっと。おやすみ〜』

『ああ、おやすみ』




また同居してたころみたいな会話ができるんだ。



寂しくなったら声を聞いて我慢してたけど、これからはちがう。


この黒くきらめくピアスにすがらなくていい。

会いたいと願わなくてもすぐに会える。



ずっとそばにいられるんだね。





「円!」


「ん?」


「あとで一緒に演奏しよ!」



そういえばお互いの音色を聴いたことはあっても、一緒に弾いたことはなかった。


わたしの音と円の音。

奏で合わせたらどんな音になるんだろう。



「荷ほどきが終わったらな」


「うん!」



よーし!急いでダンボール片付けちゃおう!


赤いピアスを光らせながら自分の部屋に戻った円を横目に、作業しやすいようにうねった髪をひとまとめにしてバレッタを留めた。



円からもらったマフラー、それからハルくんからもらったワンピースをそれぞれの置き場所に持っていく。


大切な物は大切に扱う。

いつでも見れる場所に置いた。



元々荷物が少なったこともあり、予想よりもはるかに早く片付いた。


ダンボールをたたんだあと、バイオリンを持ってリビングへ向かう。



円はソファに座ってコーヒーを飲んでいた。



「終わったのか?」


「うん。円も?」


「ああ」



わたしのほうが早いと思ったのに。


コーヒーを飲み終えると、円は自分のバイオリンを手にした。



「弾くんだろ?」



わたしもケースからバイオリンに慎重に触れる。


しっかり手入れの行き届いたバイオリンをかまえた。



演奏曲は――パッヘルベルの「カノン」。



うわ。
音が噛み合わなくてがたがた。


不器用が演奏にも出ちゃってるね。



むっと眉をひそめる円に、思わず笑ってしまった。



「笑うなよ」


「だっておかしいんだもん」


「……もう一回だ」



心を落ち着かせ、もう一度アンサンブル。



弦を震わせて、音を紡ぐ。

それに上乗せするように円の音が鮮やかに重なる。



不意に目が合うと、円はいとおしそうにほころんだ。




<END>




こんにちは、マポンです。


「もうそばにいるのはやめました。」を最後まで読んでくださってありがとうございます!



同居最終日から始まる話を書いてみたいと思ったのをきっかけに書き始めましたが、いかがでしたでしょうか。



そばにいるってなんだろう。
好きな人を想うってなんだろう。

その問いの答えをわたしなりにつづっていきました。



設定を盛り込みすぎたかなと不安になりつつも、不器用な恋の行方を描いていくのがとても楽しかったです。


寧音と円は書いていくにつれてどんどんかわいく思えてきて、エンドマークを打つときは少し寂しくも感じました。



寧音と円を始め、皆のことを温かく見守ってくださったら、わたしはとても幸せです。



改めて、最後まで読んでくださってありがとうございました!


またどこかで会えることを願って。



2020/01/30
マポン

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