『お互いすれちがってることに気づいてない!』
寧音からの手紙のとおり、本当に……?
「……あぁ、あれは、父さんのわがままだったな」
「わがまま?」
「あのときは……いろいろとボロボロで。ふとしたことであいつを思い出しては泣いてしまうくらい」
知らなかった。
泣いてるところも見たことがない。
俺の知る父さんはいつもビシッときめていて、しっかりしてた。
「話まで聞いてしまったら、円の前でもみっともなく泣いてしまいそうだと思った。円の前で“父親”になれなくなりそうだ、と。それが嫌で、格好つけたくて……円にはひどいことを言ってしまった。円も辛かっただろうに、自分のことしか考えてなかったんだ」
情けないな、と自嘲する。
「仕事にぼっとうしてたほうが楽だったんだ。そんな父さんが社長には無茶してるように見えたらしくて、よくパーティーやイベントに誘ってくれた。ありがたかった……けど、それでよけいに家に帰りづらくなって……」
語尾が小さくなっていく。
やるせなく一笑した。
「……こんなの、言いわけだな。ごめんな、円」
今になって謝るなよ。
ずっと意地を張ってた俺がバカみたいじゃねぇか。
口ごもる俺に、父さんは悲しげに苦笑する。
「……やっぱり、遅い、よな」
「そっ、……そんな、こと……」
ねぇよ。
そう続くはずが、今度は俺の声が急速的に弱まっていった。
驚いた。
父さんよりも、俺自身が驚いてる。
……俺、なに、言ってんだ。
遅いって
今さらだって
責め立ててやりたかったはずなのに。
つい、とっさに、否定していた。
本物のバカか、俺は。
「円は、優しいな」
父さんも、寧音も、なんで。
目尻にしわの数を増やして微笑まれ、どうすればいいのかわからなくなる。
思わず手元にあったコーンスープを飲み干した。
味わかんね。
いきなりほめてきたせいだ。
俺は優しくない。
優しかったら、とっくに父さんを許してるはずだろ?
「父さんのわがままにたくさん我慢をさせて……円の優しさに頼りすぎていた。自分が楽なほうを選んで……ほんと、ダメな父親だな」
すまん、と謝り目頭を押さえた。
さっきからずっと涙目だ。
『ふとしたことであいつを思い出しては泣いてしまうくらい』
母さんのことを思い出して?
今までのことを後悔して?
それともどっちも……?
「お嬢さまにも怒られてしまった」
「寧音に?」
「円をこれ以上苦しませるな、と」
「っ、」
「心の中で祝っても心配してても円には届かない。格好つけるとか帰りづらいとかどうだっていいから、そばにいられるときに……会いに行けるときに会いに行ってやれ、と。口実も準備も用意するからと、後押ししてくださった」
あいつは、ほんとに……っ。
どこまでお人好しなんだ。
なあ、寧音。
俺もう苦しくねぇよ。
『大丈夫だよ。わたしがそばにいる』
あの梅雨入りした夜も
『わたしも、そばにいたい』
両思いになった日も
『円の幸せを願ってます。すてきな誕生日になりますように』
この手紙だって
苦しさを幸せに変えてくれた。
今まで幾度となく、寧音が、俺を救ってくれたんだ。
目元に熱が帯びる。
おかしいな。父さんの涙がうつったのか?
「帰ってくるのが遅くなってすまん」
どんだけ謝るんだよ。
もういいよ。
結局俺はきっと
『あ、あのね、父さん!』
あのときの続きをしたかっただけだったんだ。
「おかえり……父さん」
オムライスを食べながらさりげなく言うつもりだったが、思いのほか恥ずかしい。
「た、ただいま……!」
父さんも照れてる。
だけどうれしそう。
……なら、いいや。
「これからは円といる時間をできるだけ増やすよ」
「……仕事は大丈夫なのかよ」
あ、一気に表情がくもりだした。
大丈夫じゃなさそうだな。
「じ、実は、今日もまだ仕事が残っててな……」
「今日も!?」
「夕方にはあっちに戻らなきゃいけないんだ」
そんな忙しいときに帰国したのかよ!
仕事人間だった父さんが!?
俺の誕生日に、わざわざ……。
こういうとき素直に「ありがとう」「うれしい」って伝えられないこの性格がうらめしい。
「そんな忙しいなら別に……」
「父さんが嫌なんだ。また大切にすべきものを見落として、後悔したくない」
真面目なところは変わってない。
だけど父さんにこうもわかりやすく愛されるのは慣れてなくて。
なんかむずがゆくなって落ち着かない。
「もし円さえよければ、一緒に住まないか?」
むずがゆさが、冷めた。
なにを言われたのか、一瞬理解できなかった。
今、なんて……?
「あっちで一緒に暮らそう」
頭が働かない。
一緒に暮らす?
あっちって……父さんのところ?
混乱してぐらついた視線に、がたついたデコレーションのケーキが留まる。
この誘いを受けたら。
そしたら。
寧音のそばにはいられなくなる。
そんなの嫌だ。
「……っ、か、」
乾いた喉に生唾を流し込む。
口は甘い物を求めていた。
「考えさせてくれ」
それでもこの口が吐き出したのは、甘さとはかけ離れた返事。
穂乃花ちゃんいわく
『待ち合わせ時間に遅れる人とは付き合わないほうがいいよ』
らしいので。
「着いた!」
早く出かけたら、早く駅前に到着した。
昨晩円とのメールのやりとりで決めた待ち合わせ時間
……の、20分前。
いくらなんでも早すぎた……?
でも穂乃花ちゃんの忠告を無視したら、円に愛想つかされるかもしれないし!
『たまにいるんだよね、わざと人を待たせる人』
『えっ、そうなの!?』
『例えば相手にちょっとでも自分のこと意識させたいとか、相手の困る姿がかわいいからとか、あるいは遅れて来る自分かっこいいって思ってるイタい人とかね。いい?寧音ちゃん。そういう人に引っかかっちゃだめだよ?』
『う、うん!わかった!』
意識させたり、困る姿見たり……。
ちょこっと欲が出そうになったのは内緒デス。
そういえば、横で聞いてた武田くんが『円、大変だな~』ってゲラゲラ笑ってたけどどうしてだろう。
円が大変なの?
遅刻するとしたら欲に負けそうなわたしのほうじゃない?
まあ負けなかったけどねっ!
だって初めて円とお出かけするんだもん。
1秒たりともむだにできないよ。
同居してたときはわざわざ一緒に外に出かけなくても家では2人きりだった。
それこそ「おはよう」から「おやすみ」までずっと。
登下校はあってもちゃんとしたお出かけはなかったから、ワクワクしすぎて昨日はあんまり眠れなかった。
クリスマスデート。
イルミネーション。
誕生日祝い。
これだけ楽しみなことがそろってたら睡魔もどこかに行っちゃうよ。
それに……
昨日のことも気になるし。
円と相松さん、仲直りできたかな?
円をだますような真似して、気分悪くしてたらどうしよう。
2人が本音を言い合えてたらいいけど……。
とりあえず円が来たら謝ろう!
2人で過ごす約束をやぶっちゃったわたしが悪いんだし。
「なに百面相してんだ?」
「みゃどか!?」
びっくりして噛んでしまった。
えっ、えっ。
なんでもういるの!?
時間を確認したら午前11時45分。
やっぱり待ち合わせ時間まであと15分もある。
「円、早いね」
「寧音のほうが早いじゃん。いつ来たの」
「よ、40分すぎくらい」
「早すぎだろ。20分も待つ気だったのか?」
「円だって変わんないじゃん!もっとぎりぎりに来ると思ってた」
わたしはね、待つ気満々だったよ。
待ち合わせってデートっぽくてドキドキする。
今日のデートを妄想してたら、きっと20分なんて一瞬だった。
「彩希に聞いたんだよ。待ち合わせに遅れるやつは嫌われるって、斎藤が言ってたって」
「あー、穂乃花ちゃんのあの教えね!わたしもそれ聞いて早く来たの!」
「……斎藤め、変な入れ知恵しやがって」
「あっ!昨日1時間も放置したこともそれにあてはまる!?」
昨日は意識させたかったわけでも困らせたかったわけでもないけど、1時間も待たせてしまった。
あれでも超高速で準備してはいたんだけど。
勉強会デートのときも
『あんな騒いでるひまあんならさっさとインターホン鳴らせよ。待ちくたびれただろ』
あまーいお仕置きされた。
もしかして穂乃花ちゃん、円が待つのが嫌いって知っててあの助言を!?
なんて優しいの……!
「あてはまんねぇよ。寧音のこと考えながら待ってんの楽しかったし」
「ほんと!?」
「ほんと。今日は俺のこと考えながら待ってる寧音を見たかった気持ちも少しはあるけど……念のため早く来て正解だった」
さらっとうれしいことを言われた。
なんだかカップルみたい。
カップルなんだけどね!えへ!
わたしの彼氏が今日もかっこいい!!
待ち合わせ時間より早く円に会えたし、早速ときめいたし……クリスマスデート最高!
……ってニヤけてる場合じゃない!!
クリスマスイブの予定を勝手に変更させちゃったこと謝ってなかった!
「あ、あの……円」
「ん?」
「昨日は……」
「謝んなよ?」
わざとさえぎられた。
お、怒ってる……?
無意識に下を向いていた。
「寧音のおかげで昨日は『すてきな誕生日』になったんだから」
ぱっと顔を上げると、円はやわらかくほころんでいた。
それじゃあごかいをとけて、仲直りできたの?
もう円は独りじゃないんだね。
「っ、よ、よかったぁ……!」
「ありがとな。料理もうまかったよ。特にケーキ。最高だった」
「それもよかったああ~!」
「泣くなよ。泣いたらかわいい顔がブスになんぞ」
「ならないもん!!」
「メイクが崩れて黒ずんでも知らねぇからな。その顔もかわいいって思うのたぶん俺だけだぜ」
冷たくしたり優しくしたり、なんなのもう!好き!
メイク取れたら朝の努力が水の泡になるから泣かないよ。
必死に涙をこらえる顔が不格好でも、また「かわいい」って甘やかしてね。
「誕生日おめでとう、円」
「昨日だけどな」
「手紙だけじゃなくて直接でも伝えたかったの。1日遅くなっちゃったけど今日はわたしが全力でお祝いするからね!」
「おう。楽しみにしてる」
「まずはランチ!予約してるの。行こ!」
円の手を握って、予約したお店へ向かう。
かじかんだ指先も冷え切った手のひらも、重なり合えばあったかい。
お店の予約、街のイルミネーション、クリスマスデート。
何もかもが初めて。
昨日の料理や飾り……もっと言えば同居から両思いまで、初めてなことはたくさんあって。
そのたびに円がそばにいた。
それってきっとすごいこと。
とっても特別なことだよね。
「ん」
インテリアがおしゃれな洋食店で、チーズフォンデュを食べて舌をやけどした。
食べ終わってもヒリヒリするから水を飲んで応急処置していると、円がラッピング袋を差し出した。
「……これ使えばやけど治るの?」
「ちげぇよ。クリスマスプレゼント」
ぷれぜんと……?
「あ!プレゼント!!」
しまった!
存在ごと忘れてた!!
誕生日プレゼントもクリスマスプレゼントも。
相松さんのことやら料理の特訓やらで、プレゼントの名のつく物全部まるっと頭から抜けてた。
わたしのバカ!
「円、ごめん!わたし……」
「いいよ。どうせ忘れてたんだろ」
「はい……」
「プレゼントなら十分もらったから気にすんな」
「へ?」