私はひとりで帰れると言ったけれど
彼は自宅まで歩いて送ってくれると
言った。
その間、彼と何か会話をした記憶は
あるけれどあまりよく覚えていない。
いつのまにか自宅前に着いていた。
「あっ!この前借りた傘、
持ってくるので待っててください」
「わかりました」
急いで玄関の鍵を開けて傘立てに
入れてあるビニール傘を手に取る。
復讐をすると誓ったものの、
その機会に恵まれることは
一生無いと思っていた私に
出会いを運んできたひとつの傘。
母の命日のあの日。
もし、母のお墓参りで
長居をせずに雨が降らなかったら。
彼がカフェに来なかったら。
復讐が始まることはなかった。
この傘のおかげで止まっていた
時間がようやく動き出したのだ。