次の日の放課後。

 掃除当番のため校舎裏までゴミを捨てに行っていた私は、ある光景を目撃して背筋が凍った。

 ある男子生徒がナイフの様な何かを手に持ち、キョロキョロ辺りを見回し不穏な動きをしながら、恐ろしい形相で中庭の方角へと近づいている。


 『要注意リスト』最後の一人。
 『加瀬拓斗』!!!


 加瀬君の虚ろな目は、中庭のベンチに座っている黒木君に向けられていた。

 黒木君は少し離れた校庭付近に立つ水谷君と話をしており、自分の方へと近づく加瀬君にはまるで気づいていない。

 加瀬君は黒木君のストーカーだった天童さんの元彼であり、嫉妬に駆られてずっと黒木君に嫌がらせをし続けていた。


 …黒木君の身が危ない!


 私がいる場所からだともう、加瀬君には絶対に追いつけない。

 私は自分の携帯電話を見た。

 黒木君が座るベンチは、図書館カウンター背後の窓の近く。

 私は司君に電話をかけた。

 1コール鳴ってすぐ、彼が電話に出る。

『どうしたの?沙織さん』

「窓の外にいる黒木君に、ナイフ持った加瀬君が近づいてる!」

『…!』

 ガラッと音がした。
 司君が窓を開けた音。

 加瀬君が黒木君に突進し、まさにナイフで刺そうとしていた。

 
 その瞬間。


 司君が窓から飛び出し、黒木君の背後に立った。


「…………司君!!!」




 私は叫んだ。




 司君は手に持っていた分厚い本を
 加瀬君のナイフと黒木君の間に
 盾のように滑り込ませた。


 ナイフはその本に当たり、
 カラカラと音を立てて、落下した。


 黒木君は状況に気づき、
 立ち上がって加瀬君の腕を、
 しっかりと押さえつけた。


「…司君!!…黒木君!!」


 私は無我夢中で、その場に駆け寄った。



 黒木君は加瀬君を羽交い絞めにし、
「もう大丈夫だ…」
と私を安心させながら、司君の方を見た。

「助かった。礼を言う」

 司君は落ちていた本を拾い上げながら、

「その人、どうするんですか?」
と冷静な口調で、黒木君に聞いた。

「とりあえず、警察にでも突き出す」
 黒木君はあの魔獣の形相で、腕の中で震えている加瀬君をひと睨みした。















 警察の事情聴取が一通り終わった後、私達はやっと家に帰れる事になった。

「本当に、迷惑をかけてすまなかった」

 黒木君は駅改札前で、司君と私にもう一度お礼を言った。

「…黒木先輩」

 司君は、黒木君をあの静かな目で真っ直ぐに見つめた。

「僕、沙織さんと付き合います」

「…………」

「別にあなたの許しを得ようとは思いませんけど。一応、報告だけ」

 沈黙が続いた後、黒木君が先に口を開いた。

「お前はどうしてあんな方法を使って、有沢に近づいた」

 黒木君と司君はしばらくの間、睨み合った。

「あなたから1分1秒でも早く、沙織さんを奪うためです」

「…」

「沙織さんが傷つきそうに見えたので。…あなたの近くにいたら」

「お前の近くにいた方が、有沢が傷つかないとでも言うのか」

「少なくとも危険な目には、遭わせません」

 2人の間でまた、火花が散った。

「…………有沢を泣かせたら俺が許さん」

 司君は挑戦的な表情で返事をした。

「…あなたの許しは要りません」

 水と油の様な二人。
 見ていると…胃が痛くなりそう。

「…明日の放課後生徒会室に来い。お前一人で」

「…わかりました」

 黒木君は一度だけ私を見て、
「じゃあな」
と言って一人で改札をくぐり、先に帰って行った。


「司君…ありがとう」

「ううん」

 思い返すとぞっとする。私が電話をした事によって、彼をとても危険な目に遇わせてしまった。

「…巻き込んでごめんね…」

 彼は首を横に振った。

「何言ってるの?頼ってくれて嬉しかった」

 司君、こっちを見てはいるけど、
 何だか少し上の空に見える。

「…どうかした?司君」

 彼は私を見て、
 安心させる様に、笑いかけてくれた。

「………『要注意リスト』該当者、これで全部片付いたね?沙織さん」

「…そうかも」

 私は思い出した。
 あのノートの内容、一瞬見ただけなのに良く覚えているなあ!

「沙織さんが危険な目に遇う心配はもう無いよ!当分これで安心かも」

 彼はにっこりと笑い、
 私の手を取ってぎゅっと握った。

「帰ろ!」

 その日はそのまま二人で家に帰った。食事当番は司君だったので、一緒に楽しく夕飯を作った。


 だけど。


 次の日の放課後から突然、司君は
 目の前から姿を消してしまった。


















 12月21日の土曜日の夜。
 『シェアハウス深森』のリビングにて。

 司君が企画したクリスマスパーティーが始まった。

「メリ~クリスマ~~ス!!」
 胡桃がきらびやかな小人の衣装を着て、クラッカーを鳴らす。
 
「メリー・クリスマス…」
 高野さんがそれに続けてクラッカーを鳴らす。…その音は残念ながら不発だったが、トナカイの衣装は高野さんにとても良く似合っている。

「おめでと」
 サンタ姿の燈子さんがクラッカーを鳴らす。想像通りそのスタイルは大変シュールだったが、全然嫌がらずにサンタ衣装を着てくれた所は、さすが大賢者というべきか。

「さぁさ、沙織も!!ホラホラホラ~!!!!!」
 私はサンタの恰好をしながら、胡桃に無理やり渡されたクラッカーを、天井に向けて勢い良く鳴らした。


 パーン!!!!!


 広々としたリビングの中は、クリスマス装飾で豪華に飾りつけされている。

 高野さんが中心となって4人で作った豪華なご馳走は、所狭しとテーブルに並んでいる。誰かの発案により今日だけは立食式にして、お腹が空いた時に誰が何を食べてもいいようになっていた。

「このメンバーだけでこれだけの料理、食べられるのかな~?」

「大丈夫!明日も明後日も食べればいい!」

「いい塩梅に出来たじゃないか」

 誰も、ここに司君がいない事には触れない様にしてくれている。

 …私に気を遣って。

 司君は、突然家からも学校からも姿を消してしまった。

 何の前触れも無く。
 これで4日目。

「司君、一体どこへ行っちゃったんでしょうか…」

 私は誰もが気にしているが言えなかった事を、包み隠さず口に出してしまう事にした。

「…燈子さんは知ってるんですよね?白井君の居場所」

 トナカイ姿の高野さんがサラダに手を伸ばしながら聞くと、サンタ姿の燈子さんはチキンを皿に取りながら頷いた。

「アンタ達には言わないよ。口止めされてるからね、白井君に」

「どうして~?突然いなくなって何日も経っちゃったから、すっごく心配してるのに!!」
 小人姿の胡桃は、頬を膨らませた。

「そっとしておいてやりな。そのうち帰って来る」

 高野さんは、一番気になっていたらしい事を、恐る恐る口に出した。

「ねえ。俺達…白井君いないんだからさ、この格好しなくて良くない?」

 それを聞くと、胡桃が慌てて高野さんにこそこそと耳打ちした。

「沙織を元気づけるための仮装ですから。大人し~く協力してください!」

 しっかり聞こえてる。

 私は大きなため息をついた。…皆に気を遣わせてしまうなんて、本当に申し訳ない…。

「なかなか似合ってるし、恰好を変えるだけで盛り上がるじゃないか」

 燈子さんはまんざらでも無い様子で、クールの方を見て微笑んだ。

 クールもクリスマス期間だけ特別にサンタの衣装を着ている。胡桃はクールのあまりの可愛さに叫び声を上げながら、何十枚も写真を撮っていた。

 司君がくれたぬいぐるみ、
 やっぱりクールに良く似てる!
 サンタ帽子被ってるし!






 ……司君…。






 ……どうしてここにいないの?







 燈子さんにだけは、きちんと居場所を知らせているみたい。私からのメールには一切、返事をしてくれないけど。


 こうなる事を一番私、恐れてた。

 司君が突然、目の前からいなくなってしまう事。


「司君…」


 私は司君に猫のぬいぐるみを取ってもらった時の事を思い出して、深い深いため息をついた。




 …何だか段々、腹が立ってきた!!!





「もう!!…司君のバカ!!!」