「司君!」

 携帯電話を右手に持ちながら、司君が家庭科準備室の中に入ってきた。

 彼は怒りを湛えた表情で、静かに天童さん達を睨んでいる。


 …司君、助けに来てくれた。
 …何だか、涙が出てしまいそう。


「………どうしてここが」
 天童さんが顔を引きつらせ、司君を凝視している。

 彼はにこりとも笑わず、こう言った。

「まずは彼女から離れて下さい」

 天童さんと女生徒たちは慌てて、私から離れた。

 司君は、その場にうずくまった私に駆け寄り、
 天童さん達から私を守る様に
 目の前に立った。

「沙織さんに危険が及びそうだと思ったので。全校集会の後、特別に監視カメラの映像をお借りして」

 天童さんの方を見ながら少しだけ目を細めた彼は表情が無く、陶器の人形の様に見える。

「図書館のパソコンからあなた達の行動を全て、チェックしていました」

「……え?!!!」
 天童さんは、驚いて声を上げた。

「この学校、最近盗難があったらしくて。最新式の防犯カメラがあちこちに設置されているみたいですよ?…それから」

 彼は自分の携帯電話を操作し、音声を天童さん達に聞かせた。

 さっき、私に向けられていた天童さんの詰り声がはっきりと、聞こえてくる。

「今の会話を全部、録音させていただきました。この音声で誰の声かは、すぐに判明すると思います」

「………!」

 天童さんの顔が、真っ青になった。

「この室内を写した映像も意外とはっきりしていたので、沙織さんに誰が何をしていたのかは、ネットで全世界に公開できると思いますよ」


「………もうしません」


「………」

「………もう、絶対にこんな事しませんから、…見逃して下さい…」

 天童さんは、司君と私に向かって深々と頭を下げた。

「じゃあ、沙織さんに謝って?ちゃんと」
 
 後ろにいる4人もそれに倣い、慌てて頭を下げている。

「ごめんなさい!」

 天童さんの目から、涙が溢れ出た。

「お願いです。黒木君には言わないで…」

 司君は昨日の夜と同じ、あのぞくっとする様な空洞の瞳と、少し虚ろな微笑みを私に見せた。

「………どうする?沙織さん」

「………」

「………僕はちゃんと、然るべき裁きを受けるべきだと思うけど。この人達」

「………」

「………沙織さんが決めて」

 裁きって言ったって。
 まだ何もされていないし。

 もう二度と、関わらなくても済むのなら。
 

「………もう絶対しないなら、いい」


 天童さん達は、頭を上げた。


「………それでいいの?沙織さんは」

「………うん」

「本当にお人好しだね」

「………」

 司君は、もう一度だけ彼女たちの方を見た。

「もし、今後この様な行為を沙織さんに一度でもしたら、その時は」

 彼は微笑みながら自分の携帯電話をちらっと、彼女たちに見せて振った。

「この音声と監視カメラの映像で、あなたたちを徹底的に、潰します」

 そして私の肩を抱き、彼は美しく微笑んだ。


 私は彼と一緒に、
 家庭科準備室を後にした。









 『要注意リスト』ナンバー3。 
 天童さんと、その仲間達からの攻撃は、その後一切、無くなった。




















 その後。

 私は制服のまま司君と、下校デートを楽しんでいる。

 学校の近くのショッピングモール内にある、広々としたゲームセンターで。

「一度来てみたかったんだ、ここ」

 彼は私に向かって微笑むと、猫のぬいぐるみが沢山入ったUFOキャッチャーを指差した。

「どれを取って欲しい?」

「えっとね、じゃあ…あのクールに似た猫!」

 私が指差したぬいぐるみの猫は、サンタクロースの赤い帽子を被ってにっこりと笑いながら、こちらをじっと見つめていた。

「いいよ!取ってあげる」

 先程の出来事は嘘の様である。

「ねえ、司君?」

「何?」

 彼はいたって楽しそうに、ゲームに集中し始めた。

「どうして、天童さん達が怪しいって分かったの?」

 司君がゲーム機にお金を入れると、軽快なコンピューター音楽が鳴り響く。

「…監視カメラで映像までチェックしてたって言ってたけど…」

 1度目は、目的の猫に近づいたけれどアームの角度が悪くて掴めず、そのままあっけなくスタート地点にアームが戻って来てしまった。

「沙織さん、図書館にノートを置き忘れた事、あったでしょう。『要注意リスト』該当者と、『彼女のフリ』計画の詳細が書かれていたノート」

「………!!!」

 一瞬だけ。

 私は胡桃以外誰にも見せた事の無い大切なノートを、図書館の机の上に置き忘れた事がある。

 すぐに取りに戻った時、元の場所にあったから誰も中身を見ていないと思い、ほっとしていたのに。

 司君が、中身を見ていたなんて。

「あの時全部に目を通して、そのまま置いておいたんだ。内容が内容だったから、沙織さんがすぐ取りに戻るだろうと思って」

 2度目は、目的の猫をアームが上手に掴んだが、移動の際に穴の手前にあるプラスチック製のバリアに阻まれ、穴の直前で猫は落下してしまった。

 3度目。軽快な音楽が鳴り響く。

「全校集会の内容から予想すると、あの該当者だけはカンカンに怒って、今日の放課後を狙うはず!」
 司君はゲームのタイミングに合わせて、言葉を区切った。

 ついに目的の猫を、アームの爪と爪がしっかりと捉えた。

「よし!」
 司君は喜んで、声を上げた。

 クールによく似た猫のぬいぐるみはアームにがっしりと掴まれたまま移動し、景品の穴に吸い込まれるように落ちていった。

「黒木先輩は生徒会の定例会議で、身動きできないからね。今日だけは」

 彼は景品を取り出す穴から、目的のぬいぐるみを取り出した。

「はい、これあげる!」

 差し出されたぬいぐるみを見て、私はどういう顔をしていいかわからなくなった。

「ありがとう…司君」

 私は、サンタ帽子姿の猫のぬいぐるみを、彼から受け取った。

「そんなに嬉しい?このぬいぐるみ」

「うん。…ぬいぐるみもだけど、助けに来てくれた事」

 私は司君の目を見て、もう一度ちゃんとお礼を言った。

「本当にありがとう、司君。…助けに来てくれて」

 彼はちょっとだけ照れた様に、目を伏せ、


「彼氏だから、僕は。沙織さんの」


 少し躊躇いながら手を伸ばし、私の頭をぽんぽんと撫でた。
 

「…司君って、本当に…」


 見つめても、香りを感じても。
 触っても、声を聞いても。

 何一つ、わからない事だらけ。


「…魔法でも使えるの?」


 彼は昨日よりも少しだけ明るく、私に向かって微笑んでくれた。

「いつか…使えるといいけど」

 突然私の手を取って引っ張り、はしゃぐ様に彼は叫んだ。

「次は、…あれやりたい!」

 対戦型・レースゲーム。

「………はいはい」

 初めてゲームセンターに来たはずの司君は、思った通りの達人的腕前をどのゲームでも発揮して見せてくれた。

 私は彼の器用さに脱帽し、思いっきり笑いながら初めての制服デートを心から楽しんだ。