「あー、先輩達。大丈夫ですよ、全然痛くないです」

スッと立ち上がった松永君は、デニムの砂埃をポンポンッと両手で払うと、にっこりと篠原君を見つめる。

そして、笑顔のまま彼に近付くと、


「それに、これでおあいこになるんで」


そう言った瞬間、今度は松永君が篠原君の胸ぐらを掴み、同じように顔を殴った。


「篠原君!」


思わず、彼の名前を呼ぶ。

篠原君は倒れ込むことはなく、両足で立った状態で松永君のことを真っ直ぐに見やる。


そして篠原君は、恐らくもう一発殴ろうと松永君に一歩、近付いたのだけれどーー


「もういいよっ」

私はそんな篠原君の服の裾を後ろから掴み、彼の歩みを止めた。


「桜井……?」

「もう、いいから……」


篠原君が殴られる理由なんて一つもないはずなのに、私のせいでこれ以上怪我させたくない。

それに……



「もう、帰りたい……」



この場から早く消えたい。
松永君の顔、もう見たくない。

堪えていた涙が溢れてきた。



「……分かった。帰ろう」

そう言って、篠原君は私の右手を掴み、松永君と先輩達に背を向け、ずんずんと歩いていく。

背中越しに松永君の視線は感じたけれど、振り向けなかったし、振り向かなかった。


……私の初恋、最悪の終わり方しちゃった。