次の瞬間、白石先生と目があった。
杏は慌てて目を逸らした。
(やばっ…見られちゃった)
恐る恐る視線を戻すと、
白石先生はこっちに軽く手を振っている。
杏は少し笑いながら手を振りかえして
すぐ部屋に引っ込んだ。
「え、何?杏あの隣のかっこいい先生とは知り合いなの?」
「知り合いもなにも、小さい頃からお世話になっている白石先生だよ」
二人はとても羨ましそうに杏を見つめる。
「で、映画行くの?行かないの〜?」
杏は痺れを切らしたように、
そう言いながらドアの外に出ると、
ナースステーションと反対側の
エレベーターに向かって歩き始めた。
せっかくのいい天気に、
じっとしてられる訳がない。
少しでも早く、外の空気に触れたかった。
「待ってよ〜!」
名残惜しそうにしながらも、
杏のうしろを追いかける二人。
杏は気にせずエレベーターの前まで来ると、ボタンを押して待った。
「そういえばランチ食べて映画の時間考えるとギリギリかも。ちょっと急ぎめで!」
時間を見ながら少し焦った表情の二人。
誰のせいで…なんて心の中でツッコみたくなるけど、杏はこの二人との時間が大好きだ。
やっと到着したエレベーター。
3人はすぐに乗り込んだ。
お昼近い時間からか、
エレベーターは割と混んでいる。
ドアが閉まる瞬間、
また1人乗ってきたようだった。
(あッ…さっきの人)
よく見ると、最後に乗り込んできた人は
さっきのスポーツウェアの男性だった。
キャップを被っていて、
そのイケメン顔が見えなくて残念。
次の階で数人降りたと思ったら、
またいっぱい乗ってきた。
その勢いで周囲に押され、
気づくとスポーツウェアの男性の前にいた。
隣にいたおじさんの肩が杏にぶつかった。
その反射で、杏は少しよろけ、
スポーツウェアの男性を軽く押してしまった。
「…すみません」
杏は謝りながらおそるおそる顔をあげると、
その男性は何も言わず杏を見下ろしていた。
「え…」
キャップが影になって、
表情はよく見えないけど、
この至近距離なら間違いなくわかる。
(広瀬先生…!)
昨夜のこともあるし、
先生とどう接していいかわからない。
第一、こんな病み上がりのカラダで
遊びに行くなんて、
絶対怒られるに決まってる。
お礼もまだちゃんと言えてないのに…。
エレベーター内はとても静かだった。
これまで乗ったエレベーターの中で、
一番長く感じた。
1Fについてドアが開くと、
杏は壁側に立って最後に降りようとした。
家族連れや子供たち、
杖をついたおじいさんが次々と降りていき、
梨香と夏帆も降りていく。
最後に残った杏と広瀬先生。
「ちょっと来て」
先生に腕を引っ張られ、
杏もエレベーターを降りた。
そのまま歩き続ける二人を
梨香と夏帆は茫然と見ている。
駐車場まで歩くと、
人目の少ない自販機の前で、
先生の足が止まった。
「私…ごめんなさい」
先に口を開いたのは、
今にも泣き出しそうな杏だった。
「自分のカラダのこと、ちゃんと考えてる?」
下を向いたまま、
杏は何も答えられなかった。
「今はまだ薬が効いているから大丈夫かもしれない。
けど、いつまた悪化するか分からないんだよ」
先生の言葉を素直に聞きながら、
自分の甘さを痛感させられる。
杏のことを優しく諭すように、
きちんと叱ってくれる先生の言葉に、
胸がみるみる苦しくなってくる。
先生はどんな時でも杏を励まし、
優しい言葉で応援してきてくれたのに、
自分は何も変われていない気がした。